6.月明かりの下で



 王太子を部屋まで送ったレインはふと山荘から出て、満天の星空を眺めた。

 ゆっくりとあたりを散歩してさらさらと流れる渓流を見つめる。するとおもむろに裸足になって草地から水辺に下りた。
 戦場を駆けて火照った体に冷水が気持ちいい。

(レイシー、無事でいて……)

 王宮に残したたった一人の妹の安否が気になり寝るにも寝れない。

 銀色に光る月が水面に浮かんで輝いているのを見ていると、長身の影が水面に映り込んだ。

「レイン殿……?」

 呼ばれて振り返ると、草地の上にダリューンがいた。

「ダリューン殿」

「こんな夜中に水遊びは感心しないな、風邪を引く」

 たしなめるようにそう言われると、手を差し伸べられる。手を掴んで上がってこいというのだろう。
 大人しく手を掴もうとすると、つるりとした石に足を滑らせ指が空を掻いた。

「わ!?」

「レイン殿!!」

 慌ててダリューンがレインの手首を掴んだが、時すでに遅く二人揃って水辺に倒れこんだ。
 盛大に水が跳ね上がり、同時に起き上がろうとして固まる。

「…………」

「…………」

 倒れたレインにダリューンが覆いかぶさる姿勢で、顔が近い。
 ダリューンにいたっては先ほどのナルサスとの会話が本当になるとは思わず、見事に思考が停止していた。あの万騎長の男が、だ。

 サッとレインの頬が朱に染まり、さらりと髪が揺れる。
 飛び跳ねた水が髪にかかり、月明かりのせいでキラキラ光っている様にダリューンが見惚れていると、小さく彼女が呟いた。

「あ……あの、ダリューン殿……そろそろ……」

 ダリューンの端正な顔立ちに見つめられ、レインが目をそらすとハッと気がついたダリューンが物凄い勢いで起き上がった。

「も、申し訳ない!!」

 全身びしょ濡れのレインを見て、ダリューンがあたふたしていると、レインが笑いだした。

「あははっ、ダリューン殿、慌てすぎ」

 くすくすと笑うレインにダリューンが面食らうと、つられたように彼も笑った。


 風邪を引かないうちに早く山荘に戻ると、ナルサスはすでに自室に引っ込んだのかそこには誰もいなかった。

 レインにあてがわれた部屋の箪笥から大きめの服を拝借すると、いったんダリューンが部屋から出てレインが着替えるのを待つ。

「ダリューン殿、入ってきていいよ」

 呼ばれて入ると、ナルサスの服らしきものを着たレインが座っていた。
 ナルサスの服じゃなければ……とダリューンが考えていると、レインに腕を引っ張られて座らされる。

「レイン殿?」

 ダリューンが顔を上げると、手拭いを持ったレインが彼の濡れた髪をわしゃわしゃと拭き始めた。

「ごめんなさい、私の不注意で」

「いや、俺の方こそすまなかった」

 互いに謝り合う姿に二人して笑うと、ダリューンがレインの手から手拭いを取って立場が逆転した。

 結っていた金色の髪を下ろして、無骨な手が柔らかい髪に触れる。腰まで届くほどの長い髪を優しく拭うと、レインが呟いた。

「ダリューン殿が居てくれて良かった。あのアトロパテネで私一人だったら、きっとカーラーンに負けてた……」

 レインの話しでは、カーラーンは彼女を連れて行こうとしたらしい。その話しにダリューンがいぶかしんでいると、小さな寝息が聞こえてきた。

「レイン殿……?」

 アトロパテネの戦いと脱出に疲れていたのか、すやすやと眠りについている。
 男の前で無防備にも寝入るとは、完全に油断している。信頼されているのは嬉しいが、男として少しやるせない。

 目にかかる髪を払いながら寝顔を見つめると、安心しきった表情で眠るレインを胸に抱き締めた。


「俺が、守ってみせる」

 秘かに決意を固めたダリューンの言葉は、月だけが、見ていた。


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