7.戦士の死



 緑溢れる美しいエクバターナが騒然としている。
 アトパテネでパルス軍がルシタニア軍によって壊滅したとの報せは瞬く間に広がった。
 最初は信じなかった民も、エクバターナをルシタニア軍が包囲すると王都は一気に混乱の渦となった。

 王妃の傍ではべっていたレイシーは焦りを隠しきれない表情で俯いている。顔色の悪い彼女は、初陣の王太子や姉の安否が気になりここ数日まともに睡眠が取れていなかったのだ。
 周りの宮女は不安そうに王妃を伺い、当の王妃は無表情に城下を見下ろしている。
 すると、城外のルシタニア軍が動きを見せた。

 屋根のない馬車が城内のパルス兵に見えるように進み出る。中央には丸太に縛らせたパルス兵が、血まみれの中でぐったりとしていた。

「あれは……シャプール様っ……!?」

 無惨な万騎長の姿にレイシーが悲痛の声を上げる。アトパテネへと出発する前に自ら無事を祈った戦士の痛々しい惨状に言葉が出ない。

「聞け、城中の神を恐れぬ異教徒どもよ!」

 シャプールの前に、どす黒い瞳を持った男が現れて声を張り上げた。

「わしは唯一絶対の神イアルダボートにおつかえする聖職者、大司教にして異端審問官たるボダンだ」

 邪悪な目がパルス兵を見渡して残忍な仕打ちを伝え始める。あまりにも残酷な拷問内容に避難の声が上がるが、ボダンはニタニタとした笑いを浮かべるだけだった。

「………… さっさと殺せ」

 ふと縛られたシャプールが言葉を発した。
 満身創痍の体ながら顔を上げて、ボダンを睨みつける。

「貴様らの神などに救われるくらいなら、俺は地獄へでもどこへでも行ってやる。そして、そこから貴様らの神と国とが己ら自身の残忍さに食い殺されるのを見届けてやるわ!!」

 シャプールの檄にボダンが手にした杖を振り上げる。怒り狂った大司教はしたたかにシャプールを殴りつけ、吐き捨てた、

「異教徒め! 罰あたりめ!!」

 杖が折れるまで殴ると、眼光鋭くシャプールが吼えた。

「エクバターナの人々よ! 俺のことを思ってくれるなら、俺を矢で射殺してくれ! どうせ俺は助からぬ、ルシタニアの蛮人になぶり殺されるより、味方の矢で死にたい!!」

 レイシーが立ち上がってバルコニーに駆け寄る。手すりに掴まると、味方のパルス兵が矢をつがえているのが見えた。何度も矢を射かけるが、どれも届くことができない。

 その時、一本の矢が空を切ってシャプールの両眼の間を突き刺した。

 一瞬の出来事にルシタニア兵も、パルス兵も呆然とする。ただ一人、射られたシャプールだけは解放されたような笑みを浮かべて、瞼を落とした。
 己の無事を祈った女性の面影を瞳に閉じ込めて……。


「あっ……シャプール……さま……っ」

 手すりを掴んでいた手が滑り、床に手をつく。
 零れ落ちる涙が頬を伝って冷たい床に落ちた。


「……あの者を連れてきなさい」

 レイシーの涙に王妃は瞼を落として呟く。
 昔に喪った親しき者を振り払うように、王妃は静かに踵を返した。


 * * *

 謁見の間にて玉座に座るタハミーネ王妃は、シャプールを苦痛から解放した者を待っていた。傍には涙を拭いたレイシーがいる。
 謁見の間の左右に座する騎士達の前では、決して涙を見せまいとしゃんと座ってはいるが、それでもなお表情は暗い。

 すると、謁見の間に一人の青年が現れ、王妃の前にうやうやしく跪いた。

「そなた、名は」

「ギーヴと申します、王妃様。旅の楽士でございます」

 顔を上げると、青年の赤紫色の髪が揺れて紺色の瞳が王妃を見つめる。
 青年の端正な顔立ちに、レイシーの後ろに控える宮女達が溜息をもらした。レイシーもギーヴと名乗る楽士を見ると、一瞬目が合ってしまう。微笑む楽士から目を逸らすと、後ろから声が上がった。

「おそれながら申し上げます王妃様!!」

 まだ若い宮女が顔を真っ赤にして楽士を指差す。彼を詐欺師と称すると、宮女は『自分は王子で、修行のため諸国を旅している』と言われ自分は騙されたと甲高く叫んだ。
 興奮する宮女に楽士は素知らぬ顔で歌うようにへりくつを並べ立てた。

 周りの騎士とレイシーが呆れたように見ていると、王妃が軽く手を叩いて楽士に琵琶をもたせた。

「そなたの能弁はよくわかりました。すでに弓の技も見せてもらっております。この上は、本来のそなたの職業について技を見せてもらうべきでしょうね」

 琵琶を持った楽士が軽く弦を弾き、目を閉じる。

「では、今この瞬間も王都を守るため戦っておられる勇者達のためにひとつ……。カイ・ホスロー武勲詩抄を捧げましょう」

 静かな広間に琵琶の音色が響き、美しい声音が詩を紡ぐ。
 宮女達がうっとりと聴き惚れ、曲が終わると惜しみない拍手を送り、騎士達も仕方なしに手を叩く。
 レイシーも小さく拍手を送ると、楽士から視線が送られてくるのに気がついた。あえて気づかないふりをしていると、王妃が楽士に金貨二百枚を与えた。

 王妃が侍女を偽った分は差し引いたと伝えると、楽士は深々と頭を下げて宮女に連れられて広間から出て行った。

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