16.新型神機使い



 私にとってこの世界は絶望しかなかった。
 何もかもが私とは違って、疎外感しかない。
 くる日もくる日も勉学と訓練で幼い私にとっては地獄でしかなかった。

 唯一、安らげる時間はほんの僅かな休憩の時間。あの人から貰えるぶとうジュースだった。

『これを飲んだら次はランニングだ。俺がいいというまで走ってこい』

『っ、はい……』

 銀髪の男からジュースの缶を受け取り、ぎゅっと小さな手で握りしめる。他の子供たちにも同じように言い渡す姿を目で追っていると、後ろから声がかけられた。

『相変わらず無愛想だよなぁ、あの人。おまえににこりともしないし、おまえのーー』

『……いいの、もう諦めているから』

 声をかけてきたシルバーグレイの髪の少年が少し悲しそうな顔をする。

 銀髪のあの人がいつも無表情で、私になんの関心もないことはとうの昔から知っている。
 名前を呼ばれたい、気遣ってほしい、笑いかけてほしい、抱きしめてほしい。そんな当たり前のことを私はすでに諦めていた。

『これさえ貰えれば、いいから』

 貰った缶を開けずに抱きしめる。
 唯一のあの人からの報酬は、たとえただのジュースだとしても何にもかえられない宝物なのだから。


 懐かしくて、胸が締め付ける思い出。

 夢の淵からゆっくりと目覚めた私は、暗い自室の天井を見つめた。

「…………」

 小さく息を吐いて瞼を閉じる。
 過去の情景を忘れようと、私はまた眠りについた……。


 * * *


「な、ロシアから新型が配属されるってどんな子だろうな!」

 ツバキ教官から第一部隊全員でエントランスに来いと集合がかかり、皆が勢ぞろいしている中コウタが一人そわそわしている。

「どんな子って……まだ女の子って決まった訳じゃないよ? しかも一人じゃなくて二人配属されるらしいし」

 リンドウさんを盗み見ながら昨日の会話を思い出す。急に決まった新型の配属。何かあるんじゃないかとリンドウさんは考えているけど、どうなのだろう。

「そっか……。ソーマはどうだと思う!?」

「知るか」

 長椅子に座って腕を組んでいるソーマに一刀両断される。なんだかんだとコウタが騒いでいると、ツバキ教官と一人の女の子が現れた。

(あれ、一人だ)

 ツバキ教官の隣にいる女の子は薄い亜麻色の髪に青の瞳。スタイルバツグンの体型に白い肌があいまって思わず見惚れてしまう。

 隣のコウタはデレっデレの緩い顔をしていた。

「紹介するぞ、今日からお前達の仲間になる新型の適合者だ」

 女の子が一歩前に出る。
 感情の起伏が見えない冷えた瞳で、彼女は口を開いた。

「はじめまして、アリサ・イリーニチナ・アミエーラと申します。本日一二○○付けで、ロシア支部からこちらの支部に配属となりました。よろしくお願いします」

「女の子ならいつでも大歓迎だよ!」

 可愛くて尚且つスタイルバツグンな少女が入ってきたことで、コウタが興奮したようにアリサに話しかけている。私の時との差……。

 一人で溜息をついていると、アリサから冷たい言葉が聞こえてきた。

「よく、そんな浮ついた考えでここまで生きながらえてきましたね……」

「へ……」

「彼女は実戦経験こそ少ないが、演習ではレインに次いで抜群の成績を残している……追い抜かれぬよう精進するんだな」

「……了解です」

 コウタがしょんぼりしている中、ツバキさんが腕時計をチラリと確認する。

「さて、次を紹介する。……もうすぐ来ると思うが」

 二人目の新型だろうか。
 ツバキさんに聞くと、今日神機使いになったばかりで今はメディカルチェックをしているという。

「もう一人も女の子ですか!?」

「ふ、残念だったな。男だ」

「マジか……」

 今度は全員で呆れていると、ツバキ教官達がさっき出てきた扉から男の人らしいシルエットが歩いてくるのが見えた。

「お待たせしましたー」

 シルバーグレイの髪がふわりと揺れ、青色の瞳が瞬く。
 男にしてはスラリとした体つきは私が見知った人物でーー。

「嘘……」

「久しぶり、レイン」

「え、なになに、二人共知り合い!?」

 コウタが私と彼を交互に見て騒ぎ出すと、苦笑しながら自己紹介をし始めた。

「レインがいつも世話になっています。俺はグレイ・アーヴェルクライン、こいつのいとこ兼幼馴染。さっき神機使いになったばかりだけど、どうぞよろしく」

「い、いとこ!?」

「…………」

 笑顔を浮かべたグレイに、コウタが指をさしてまた交互に見ている。一瞬、ソーマの視線を感じた。

「アリサとグレイは以後、リンドウについて行動するように、いいな」

「了解しました」

「了解です」

 無表情に応えるアリサと、爽やかに応えるグレイに皆で顔を合わせる。これはまた正反対な性格で……。

「リンドウ、資料等の引き継ぎをするので私と来るように。その他のものは持ち場に戻れ、以上だ」

 リンドウさんを伴って出て行くツバキさんを見送り、コウタはアリサに、私はグレイに近づいた。

「グレイ……久しぶり。半年ぶりだよね、新型に適合したって決まったなら教えてくれても良かったのに」

「親父と一緒に内緒にしようって決めてたんだ。レインをビックリさせたくて」

「もしかして貴方、ライナス室長の息子さん?」

 私達の会話を聞いていたサクヤさんが、グレイを見て指摘をする。

「はい、そうですよ」

 顔立ちや細い体型がライナスに似ていて、シルバーグレイの髪だけは唯一母親譲りと昔聞いたことがある。

「そう、だからレインのいとこね。私は橘 サクヤ、よろしく。あそこでアリサに話している子がコウタよ」

「よろしくお願いします」

 グレイがサクヤさんとコウタを見て、次に長椅子に座っているソーマに視線を落とす。

「君は?」

「……ソーマだ」

「ソーマか、よろしく」

「…………」

 なんだろう、ソーマがいつもより不機嫌そうに見える。

「な、レイン。アナグラを案内してくれないか?」

「え、ああ、うん。いいよ」

 ソーマに声をかけようとしてグレイに話しかけられて断念する。
 するとコウタもアリサを案内すると言い始め、サクヤさんが皆で案内しようと提案した。
 一人断るソーマを置いてエントランスから移動する。

 思わず後ろを振り返るけれど、ソーマは腕を組んで長椅子によりかかるようにこちらを見てはいなかった。

(なんで私、こんなに気になるんだろう)

 ソーマのことが何故か気になってしまう自分が分からない。

 グレイの視線に気づかずに、私はずっとソーマのことを考えていた。

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