17.共存



 榊博士によるアラガミ講座第三回目。
 今回は新しく入ってきたアリサとグレイも一緒に受けるため、二人は隣同士に座って博士の話を聞いていた。
 アリサは真面目に、グレイは少しつまらなそうにしている。

「前にも言ったとおり、アラガミを構成しているオラクル細胞はなんでも食べる。動物や植物のような生物に限らず、鉱物やプラスチックのような合成樹脂……あげくには、通常の生物には危険な核廃棄物だって食べてしまう。建造物や大地だって……ほらこの通りだ」

 博士が指をさすと、モニターの画面に荒廃した街が映し出される。
 私達も見慣れたアラガミに喰い荒らされ、壊れた姿ーー。

「結果、食べ残しである従来の環境は減少の一途を辿っている」

 また画面が変わり、今度は美しい花が映し出された。

「この辺りには春に桜を、秋には紅葉を見に行くなんて習慣もあったんだけど、今となっては、望むべくもないね」

 薄いピンク色の儚気な花が桜で、燃えるような紅い色をした紅葉。
 荒廃した世界で産まれた私達には決して見ることのできない美しい花に、私は惹かれるように見つめてしまう。

「……こんなに綺麗な花を皆で集まって見るだなんて、昔は本当に平和だったんだね。……少し、羨ましいや」

「……そう、ですね」

 冷たい言葉が目立つアリサも珍しく私に同意して画面を見つめる。
 グレイもつまらなそうだった顔つきから、興味を持ったように花を見ている。相変わらずコウタはこくりこくりと、寝入っていた。

 博士が小さく溜息をついてコウタにゆっくり近づきながら、話を続ける。

「……その一方で、アラガミは食べたものの性質を取り込むことがある。最近では光合成を行うアラガミすら発見されているんだよ」

「光合成を行うアラガミ……?」

 そんなものまで出てきたのか。
 博士は私を見て一つ頷く。

「そう、窒素七十九%、酸素二十一%。世界の植物が二十年の三割弱まで減ってしまった今でも、地球の大気は保たれている。これがアラガミの光合成のおかげとは実に皮肉な話だと思わないかね」

 凄く、複雑な心境だ。植物が無ければ大気が保たれずに地球が危ない。でもその植物すら捕食するアラガミが、代わりに光合成をして地球を生かしているだなんて……。

 でも博士はそんな皮肉な話をしながら、うとうとと寝ているコウタの頭を拳で突ついている。
 博士、絶対楽しんでいる。

「……ううーん……かあちゃん、もう食べられないよ……」

 コウタが幸せそうな夢を見ているのはわかった。
 私が苦笑していると、アリサが辛辣な目をして口を開いた。

「……ホント、自覚が足りない人ですね」

「まあある程度肩の力を抜くのもたまにはいいんじゃないかな? ……コウタは少し抜きすぎかもだけど」

「それ、意味がないと思いますけど」

「はは……まあまあ」

 面白そうにコウタを見ているグレイと相変わらず冷たいアリサ。私が扱いに困っていると、博士が「話を変えようか」と助け舟をくれた。

「君たち”ノヴァの終末捕食”って言葉、聞いたことあるかい?」

 私とグレイが頷くと、アリサが最後に頷いた。

「ええ、アラガミ同士が食い合いを続けた先に……地球全体を飲み込むほどに成長した存在”ノヴァ”が引き起こすとされる”人類の終末”……ですか」

「……でも、そんなのはあくまで噂ですよね」

 コウタが起きたのを横目で見ながら、博士に聞く。終末捕食だなんて、まるで太古の恐竜がいた時代に起きた、恐竜をも絶滅させた隕石の話のようだ。

「その通り、誰が言いはじめたかも知らない、単なる風説にすぎないとも言われているけどね」

「エイジス計画が完成すれば、それからも守られるんだろ」

 起きたコウタが真剣な表情で博士を見ている。
 コウタには守らなきゃいけないお母さんと妹がいると少し前に聞いた。このエイジス計画はコウタにとって希望であり、なんとしても完成させてほしい計画なんだ。


「……犬という動物を知っているかな?」

「へ?」

「もう大分数は少なくなってしまったが、今も稀に外部居住区などで見かけることがあるはずだ」

 唐突に話が変わりコウタが戸惑う中、博士は話を続ける。

「犬は賢く……言葉こそ話せないが我々人間とコミュニケーションをとることができる。犬のようなアラガミがいれば、あるいは共生できるかもしれないね」

 博士の視線が一瞬私に向けられる。

「共生……」

「コミュニケーションという観点で見れば、もちろん犬に限った話じゃない。昔はサーカスと呼ばれる見世物小屋で猛獣を操る猛獣使いすらいたのだからね」

「なら、猛獣を操る……。アラガミを操るのが人間ってか」

 そんなことできるのかよ、とグレイが呟くと博士は細い目を更に細くして笑った。

「……アラガミと仲良くなんて、出来るわけがないじゃない……」

 アリサの呟きがしんとした部屋に響く。


(意思も知能もないアラガミが犬になんてなれるわけがない)

 私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


(もしもそうなってしまったら、私は……)


 グレイから視線を感じるけれど、私は気づかないふりをして博士と真っ正面に見つめ続けた。


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