20.身を守るということ
無事にアナグラムに帰還すると、リンドウさんが心配するような顔で私に視線を向けた。
「レイン、お前肩怪我しているだろ? 医務室行ってこい」
「あはは……バレました?」
グレイに続いてリンドウさんにも気づかれてたとは。
隣でアリサが何か言いたそうにしていたけど、私はワザと笑顔を浮かべて手を振った。
「擦り傷なんで大丈夫ですよ! この後榊博士の講義もあるし」
「でもなぁ」
リンドウさんが眉を寄せると、後ろからグイッと左腕を掴まれた。顔だけ振り向くとグレイが呆れたような、それでいて懐かしむような笑みを浮かべている。
「こいつ、ただ医務室が嫌いなんですよ。俺が連れてくんで、榊博士には遅れると言っておいてください」
「おう、行ってこい」
「ちょっグレイ!? 無理矢理引きずらないでよ!!」
「引きずってかないと医務室行かないだろ」
「くっ、よくお分かりで」
「幼馴染だかんな」
そのままズルズルと引きずられてエレベーターに乗り込む。むすっとした私の顔を見たグレイが我慢できずに吹き出した。
「ぷっ、あははははっ! お前っホント医務室が嫌いだよな。正しくは医者が、だけど」
「……悪かったね」
「むくれるなって、変わってなくて良かったよ」
「たった半年しか離れてなかったのに変わるもなにもないでしょ」
グレイを見ると何か複雑そうな表情をしている。声をかけようとすると、エレベーターが開いて先にグレイが出て行く。
私も後ろについて行くと、いきなりグレイが立ち止まってもろにグレイの背中にぶつかった。
「ちょっとグレイ、どうしーーあれ、ソーマ?」
グレイの背中から顔を出すとエレベーターの脇にあるベンチに、ジュースの缶を片手にソーマが座っていた。
「…………」
顔を上げてこちらを見たソーマは何故か不機嫌そうな目をしている。視線の先には私の左腕を掴んだままのグレイの手。
「あ、これ? ちょっと肩を怪我しただけでグレイに医務室まで連行されてるの」
「一応レインのことを心配してやってることなんだけど」
「だから大丈夫だって言ってるでしょ」
溜息をつく私を一瞥してソーマが立ち上がる。私が話しかけようとすると、グレイが腕を引っ張って急かした。
「ほら、さっさと行くぞ」
「えー、ソーマと話したかったのに」
「それはまた今度な」
グイグイ腕を引かれて仕方なくグレイに従う。ソーマを見るとまだ不機嫌そうな目をしていた。
「じゃあまたね、ソーマ」
手を振るとそのままソーマはエレベーターの方へ背を向けた。
ふと、ソーマから微かに薬品の臭いがする。
振り向くともうソーマはエレベーターに乗り込んでいた。
* * *
医務室に入ると消毒液の臭いが鼻につく。私が医務室嫌いな理由の一つがこの臭いで、いつになっても慣れることがない。
「あれ、珍しいな親父がここにいるなんて」
「へ?」
グレイの声に奥を見ると、薬品棚をいじっているライナスがいた。
「おや、二人ともどうしたんだい?」
亜麻色の髪が揺れて人の良い笑みが浮かぶ。とたんに冷たい医務室からふわりと優しい雰囲気に変わった気がした。
「こいつが肩を怪我したから見てやってくれ」
「ああ、分かった。おいでレイン」
手招きされてライナスの前に置いてある丸いすに座る。グレイが壁に寄りかかるのを確認すると、ライナスが仕切りのカーテンを動かしてグレイからこちらを見えなくした。
器用に上着から右肩だけだす。
そこは赤く滲んだ擦り傷が出来ていた。
「偶然ここにいて良かった。私以外の医者だとレインは診せたがらないだろう?」
「う……」
「俺が診てやる予定だったんだけど、親父がいて良かった」
ライナスが慣れた手つきで傷口を消毒していく。
医療開発室長のライナスはもちろん医者だが、今では医療開発に従事してあまり医務室にはいないと聞いている。それなのにどうしてこんなところにいるのだろうか。
「丁度他の子の手当てをしていたんだよ」
私の問いにライナスが手を動かしながら答える。そういえは、ここに来る前に会ったソーマから薬品の臭いがした。
「それってソーマか?」
仕切りを隔てたグレイの声がいやに大きく耳についた。
「うん、そうだよ」
傷口に薬を塗っていたライナスが小さく苦笑した気がした。
傷口にガーゼを置いて包帯を巻かれる。少しの間があってライナスが口を開いた。
「……レイン、ちゃんと自分を守ることも忘れないでほしい」
「ライナス……?」
「装甲、ちゃんと使ってるかい?」
「……それは」
正直実戦でまだ一回も使っていない。どうも私は敵に突っ込むだけ突っ込んで、回避の時は単純に躱すかステップで避けるのが多い。
「確かにレインは他の神機使いより回復能力が高い。でもそれが自分を大切にしない理由になってはいけないよ。レインにとって諸刃の剣になるからね」
「……はい……気をつける」
私はずっと無意識に自分を守らなくなっていた。生来より人より回復速度が速いから、少しの怪我でも怯まずに攻撃できてしまうから、身を守るというのは不要だと思っていた。
俯いて謝る私にライナスが優しく頭を撫でてくれる。とてもあたたかい手。
「うん、もう大丈夫だね」
上着を着替え直すと、ライナスが仕切りのカーテンを開けてくれた。
腕を組んで待っていたグレイが私の左手をとる。
「親父、ありがとうな。ほら行くぞレイン」
「うん」
立ち上がるとグレイがゆっくり手を引く。強引に引かれた時とは違って優しい仕草に、思わず笑みが零れた。
「ライナス、ありがとう」
優しく笑んで見送るライナスに背を向け、グレイに手を引かれながら医務室から出て行った。
* * *
静かにドアが閉まる音を聞きながらライナスはフードの少年を思い出していた。
極東に来てからヨハネスに頼まれて彼の怪我は全て診てきた。
彼の身体のことを知っていて関わりのある自分に、フードの少年はいつも冷たい瞳を向けていて、必死に威嚇しているように見えた。
レイン以上に自分の身体を大事にしない彼は、危うい場所に立っている。
「ヨハネス、君は自分の息子をどうしたいんだい……?」
そして自分はこれからのレインをどう見守ればいいのだろうか……。
返ってくる言葉は決してない。
一通り部屋を片付けて、童顔の医者は医務室から立ち去ったーー。
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