21.アリサとの距離



 医務室から博士のラボに行くと、既に講義が始まっていた。

「アラガミーーオラクル細胞は発見された時、まだアメーバ状のものだった。それからミミズ状のアラガミが発見され、半年後には獣型のアラガミが発見された」

 博士が私達に気がついで笑みを浮かべる。目礼して私はコウタの隣に、グレイがアリサの隣に座った。
 隣のコウタはすでに爆睡している……。

 アリサから視線を感じるけれど、今は博士が指し示すディスプレイのオウガテイルを見つめる。

「そして一年たつころには、一つの大陸がアラガミによって滅ぼされたんだ。彼らが食べたものの形質を取り込み進化するとしても、異常なスピードだと思わないかね」

「なら、進化してないってか?」

 グレイが足を組んで口を挟む。
 そんなまさか、とアリサが表情を顔に出すと博士はニヤリと笑って頷いた。

「そう、正確には彼らは進化などしていないんだ。事実、オラクル細胞の遺伝子配列は変化していない。そう一つとしてね」

「そんなはずありませんよ! 現に奴らは形態変化してるじゃないですか?」

 アリサが口に出すと博士は狐のように目を細めた。

「彼ら……アラガミもね、今のキミと同じなんだよ。食べたものの形質を取り込むということは、知識を得る、ということ」

「アラガミも知識を得て賢く成長しているってことか……」

 私が呟くと博士が大きく頷いた。

「そう、どういう骨格をしていれば早く動くことができるのか、空を飛ぶためにはどうすればいいのか。それこそスポンジが水を吸い込むように情報を取り込んで、わずか二十年もの間に彼らは非常に高度な形態を得るまでに至ったんだ」

 博士は爆睡しているコウタに目をつけてゆっくり近づく。ツンツンとコウタの頭を小突くけど、相変わらずコウタは寝入っている。

「うーん……」

「アラガミがコウタ君ぐらい勉強嫌いだったら良かったんだがね」

「確かにな」

 グレイが面白そうにコウタを見て、アリサは軽蔑したような視線を向けている。まあ、分からなくもない。

「そう、彼らの勉強熱心さには舌を巻かされるばかりでね。なんとミサイルを発射するアラガミが目撃された噂まである」

「ゲッ、なんじゃそりゃ」

「これが確かなら、彼らは人間の作った道具さえも取り込んだということになる。実に興味深いと思わないかい? それほどまでに複雑な情報を取り込めるのなら、まるで人間というアラガミが現れるのも遠い日じゃないかもしれないね」

「……人間という、アラガミ……?」

 アリサが信じられないような表情を浮かべて呟く。

 ふと、ニンマリとした笑みが私を見ていた。博士と目が合うと私はすぐ目を逸らす。あの何を考えているのか分からない目を見ていると狐を思い出してしまう。
 博士には凄くピッタリだよね。


「さて、今日の講義はここまでだ」

 博士が手を叩くと、グレイがコウタに近づいて容赦無く頭をべしんと叩いた。

「おら、コウタ。起きろ」

「痛っ! ……なになに、もう終わったの?」

「ついさっきな」

 寝ぼけたままのコウタは目をゴシゴシと擦ってボケーっとしている。と、いきなり振り返って私を見た。

「! そうだレイン、怪我したってリンドウさんから聞いたけど!?」

「あ、リンドウさん言っちゃったんだ。別にたいしたことないよ、ただの擦り傷」

「ホント!? はー、良かった」

 心の底から安心したようなコウタの姿に、凄く嬉しい気持ちになる。
 するとアリサが近寄ってきた。

「怪我のこと、気づかなくてすみませんでした……」

 小さく謝るアリサに私はうんと頷いて笑いかける。

「大丈夫だよ。アリサに心配かけたくなかったから黙ってたんだし。アリサが怪我してないなら私はいいから」

「……お人好しすぎです」

「あはは、よく言われる」

 笑う私にアリサが小さく笑った気がした。

「うっし、少しは仲が良くなったな」

 ポンっとグレイが私とアリサの頭に手を置く。途端にアリサが怒ったように顔を赤くしてグレイの手を払い退けた。

「な、なにするんですかっ。私は馴れ合うつもりはありません!」

「あっそう。残念だな」

 嘆息するグレイにアリサはキッと睨んで部屋を出て行ってしまった。

「あーあ、アリサを怒らせた」

 コウタに茶化されてグレイは肩を竦めて笑う。

「道のりは険しいな。んじゃ、飯でも食いに行くか」

「お、賛成ー! レインも行こうぜ!!」

「うん!」

 榊博士に一礼して部屋を出て行く。

 少しずつアリサとの距離が近づいていく気配に、私は幸せな気持ちになりながらグレイ達の後を追った。


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