30.握る指先



 アリサの見舞いに一人訪れた俺は静かに眠る彼女の寝顔を見つめながら、ベッドに近い椅子に腰かけた。

(感応現象か……)

 先日謎の言葉を残した大車を思い出す。
 あの後親父に感応現象の事を聞いたが、まだ研究途中の段階で詳しくは分からないという。だが新型同士に起こる現象であるのは確かだそうだ。
 レインはあの時、アリサの気持ちが流れこんできたと言う。人と人の共鳴というものなのだろうか。
 
「ぅ……」

 物思いに耽っていると、ふと苦しそうに息をつく声がした。

「アリサ?」

 アリサを見ると何かにうなされているのか、額には汗が浮かび僅かだが呼吸が荒い。

「……ぃゃっ……ぁぁっ」

「おい、アリサ……アリサっ!!」

 苦しそうに呻くアリサの白い手を握りしめる。次の瞬間、何かの想いが俺の思考を埋め尽くした。


『もういいかい』

『まあだだよ』

 それは”誰かの記憶”
 幼い少女が両親とかくれんぼをして遊んでいるごく普通の景色。

『もういいかい』

『まあだだよ』

『もういいかい』

『もういいよ』

 クローゼットの中に隠れた少女がもういいよと言うと、両親の声が叫びに変わった。

『パパ……!? ママ……!? やめて……食べないで』

 巨大な黒いアラガミが少女の両親を貪っていると、ゆっくりと少女と目があった……。

『いやああああああ! やめてえええええ!!』

 想いの場面が変わる。
 それは神機使いなら誰でも通った関門の適合試験場。少しだけ成長した少女が神機が置いてあるプレス機を見つめて立っている。
 そこに聞き知った男の声が耳を打った。

『幼い君はさぞかし自分の無力さを呪ったことだろう……その苦しみに打ち勝てば、君は親の仇を討つための力を得るのだ!』

 少女が腕を出した瞬間、プレス機が閉じて激痛が彼女を襲う。

『そうだ! 戦え! 打ち勝て!』

 少女の苦痛の声と、男の声が耳から離れない。するとまた場面が移り変わった。

 少女が病室のベッドで横になりながら、医師にモニターを見せられている。

『こいつらが君たちの敵、アラガミだよ』

『アラ……ガミ?』

 モニターには数種類のアラガミが映し出され、人形のように表情がない少女がその画面を食い入るように見ている。

『そうだよ、こわーいこわーいアラガミだ。そして最後にこいつが……』

 画面には俺たちのよく知るリンドウさんが、映っていた。

『君のパパとママを食べちゃったアラガミだ』

『パパ……ママ……』

『でももう君は戦えるだろう? 簡単なことさ、こいつに向かって引き金を引けばいいんだよ』

『引き金をひく……』

『そうさ、こう唱えて引き金を引くんだ。アジン・ドゥヴァ・トゥリー!』

『アジン・ドゥヴァ・トゥリー』

『そうだよ、そう唱えるだけで君は強い子になれるんだ』

『アジン・ドゥヴァ・トゥリー……』

 少女の声が耳から離れていくと、目の前が病室に戻る。
 それと同時にアリサの瞼がパチリと開いて、深い水底の色をした瞳と目が合った。

「なに……今の」

「アリサ……?」

「今、頭の中に貴方の気持ちが流れてきて……」

「俺の?」

 今俺が見た場面はアリサの過去。
 ということはアリサに俺の過去の記憶が見えたのだろうか。

「まさか、グレイの方にも……?」

「……ああ」

 頷くとアリサは何かを考える素振りを見せながら俯く。それはどこから説明していいか整理するような表情。

「あの日のこと……ずっと、忘れてたはずだった……。パパとママを少し困らせてやろうって……かくれんぼのつもりで、近くの建物の中に隠れてたんです……」

「もういいかい、まあだだよって、そしたら……突然アラガミだ! アラガミが来たぞって叫び声に変わって、早く出て行けば良かったのに……私、怖くて動けなくて……」

「パパと……ママが……私を捜しにきたけど……っ……唸り声が聞こえて……目の前でっ……パパと、ママが!」

 触れていた手を優しく握りしめると、少し落ち着いたようにアリサが息を吐く。

「私が、もっと早く気づいて逃げてれば……二人も……。私のせいで!!」

「もういい……喋るな」

 俺の言葉にまだだと首を振ると目から涙が滲んでいた。

「だから……私が新型の神機使い候補だって聞かされた時は、これでパパとママの仇が討てるって思ったんです。……そう、二人を殺した”あの”アラガミをーー」

 リンドウさんの顔とアラガミの顔がフラッシュバックしたのか、アリサが苦しそうに呻く。見ていられずにゆっくり肩を抱きよせて、宥めるようにポンポンと頭を優しく叩くと嗚咽が漏れ聞こえた。

「っ……ごめんなさい……自分でもわからないの!」

「独りで抱えなくていい」

「え……」

「辛いなら辛いと言えばいい、寂しいなら寂しいと言えばいい。俺が、レインが、みんながいる。独りで抱え込まなくてもいいんだ……」

「っっ……ああっ……」

「それが仲間だろう?」

「はいっ……」

 年相応に、ぼたぼたと泣きじゃくっていたアリサが涙をぬぐって顔を上げる。

「ありがとう……”あの時”天井を撃った私を助けてくれたのは、貴方だったんですね……。抱きしめられた温かなぬくもりだけは、覚えて……いたんです……」

「アリサ?」

 パタリと瞼が閉じられると小さな寝息が聞こえてきた。
 ベッドにアリサを横にさせて立ち上がろうとすると、何かに引き止められるようにつんのめる。

「ん?」

 下を見るとアリサの手が俺の上着の裾を掴んでいた。なかなか力が強い。引き剥がすのもなんだし大人しく椅子に座りなおすと、寝ているアリサが小さく笑んだ気がした。

「まったく……目が離せなくなったな」

 苦笑しながら、汗で額に前髪がついているのを丁寧に払い優しく撫でる。

 遅れてレインが病室に入ってくると何故か目を丸くして俺を見ていた。

「ちょうどいいときに来たな、話がある」

 レインにアリサの話をしながらもずっと、裾を握る手は離れなかった。



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