31.笑顔



「アーリサ、お見舞いに来たよ」

 病室に入った私に、慌てたように起き上がったアリサが居住まいを正す。
 グレイにアリサの過去を聞いた私は、彼女が眠りから目覚めるタイミングを見計らってお見舞いに来た。

「レイン……ありがとうございます」

「いいのいいの、ベッドで独り寝ているのも辛いだろうし話し相手ぐらいならなれるよ」

 私の言葉にアリサは何か言いたそうにして視線を泳がす。

「あの……レイン、私……貴女の……」

「ん?」

「い、いえ何でもありません。それよりも、貴女にお礼が言いたくて」

 ギュッと私の両手を握り、伏し目がちに言葉を選んでいるアリサに私が待っていると小さく唇を開いた。

「この前、手を握ってくれてありがとう。温かい気持ちが私に流れ込んできて……眠っている間、温かな光がずっと私を守っていてくれたんです。……嬉しかった」

 心からそう伝えるように目一杯の笑顔を浮かべたアリサに、思わず私はコツンとアリサのおデコに私のおデコを合わせる。

「やっとアリサの笑顔が見れた」

「え……」

「ずっとね、アリサの心からの笑顔が見てみたいと思ったんだ。いつもアリサは張り詰めたように隙が無くて、まるで人形みたいで……それがやっと叶ったんだ」

「レイン……」

「ね、アリサ」

「はい……」

「私と友達になってくれますか?」

「っ……勿論です」

 泣き笑いのような顔で私達は笑いあうと、病室のドアが開く音がした。

「あ……サクヤさん……グレイ……」

 アリサの声に振り返るとサクヤさんとグレイが静かな表情で現れる。グレイを見ると小さく頷いて「話した」と唇を動かしたら。

「……こ、こんなところに何しに来たんですか?」

「大丈夫、貴女を責めに来たわけじゃないわ」

「だったらーー」

「話を、聞かせて欲しいのよ。その……あの日、あの瞬間貴女に起こったことを」

 怯えたように表情が硬くなったアリサに、サクヤさんは努めて冷静な声で話しかけた。

「本当は貴女がしたことはまだ納得出来ない。でも、だからこそ、そこにある違和感が何なのか知りたいの」

 サクヤさんがチラリとグレイを見る。

「……昔の話は聞いたわ……辛いお願いをしているのは承知の上よ……」

 サクヤさんの言葉を聞いて、アリサがそろりとグレイを見る。ゆっくり頷くグレイに、アリサは決意したように瞼を閉じた。

「……私が定期的にメンタルケアを受けているのはご存知ですか?」

「ええ、知っているわ」

 目を開けたアリサが思い出すように遠くを見る。

「両親を殺されてから数年間、私は精神不安定な状態で病院生活をしていました……でもある日、フェンリルから新型適応候補として選ばれたと連絡が入って……それで、それまでの病院から無理矢理フェンリルの附属病院に移送されたんです」

「そうだったの……」

「いえ、いいんです。新しい先生は良くしてくれたし、これで両親の仇が討てるって思ったから……」

 ふとアリサの手が私の手に触れる。

「それからは、症状を薬で抑えながら敵のこと……戦い方のことを勉強しました」

 ゆっくりと手を握るアリサに握り返すと、表情が少しホッとしたように落ち着く。

「フェンリルにいた新しい先生はとても優しかったんです。この極東支部にも赴任してきてくれて……」

「それが"大車先生"か」

 壁に寄りかかって話を聞いていたグレイが口を挟むとアリサが頷いた。

「メンタルケアを続けながら、先生が教えてくれた両親の仇のアラガミをずっと探してました……。極東支部エリアにそいつが出没するって情報を貰って、絶対に探し出してやるって思いながら赴任して……やっと見つけたと思ったのに……何故かわからないけど! あの瞬間、私の頭の中でリンドウさんがその仇になってて!! 気がついたら彼に向かって銃をーー!!」

 あの瞬間が蘇ったのか、頭を抱えるアリサにサクヤさんが辛そうな目をする。

「無理をさせてごめんね、ありがとうアリサ……また来るわ」

 サクヤさんが私とグレイに目配せして病院を後にすると、アリサが私の腕にしがみつくようにもたれかかる。

「……私……どうしたら……」

「アリサ……大丈夫、大丈夫だよ……」

 それしか言えない私はアリサの頭を撫でると、グレイが歩いてきてどかっと私が座っている方とは向かいの椅子に座って腕を組む。

 アリサと目を丸くしていると、グレイは目を閉じて長い脚を組んでいる。

「ふふっ」

 あまりに分かりにくいグレイの優しさに私が笑うと、アリサが困ったように首を傾げている。

「アリサ疲れただろ、もう寝た方がいい」

「私達はまだここにいるからゆっくり寝ていいよ」

「……はい」

 アリサがベッドに横になり瞼を閉じると程なくして寝息が聞こえる。過去を語って思った以上に疲労が溜まったのだろう。頬にかかる髪を払ってあげると、向かいのグレイが小さく笑った気配がした。

 問題は山ほどあるけど、今はアリサが復帰できる事だけを願う。
 やっとアリサが笑顔を浮かべられるようになったんだ、今度は第一部隊のみんなと笑いあえるように……。


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