35.統率者



 ヴァジュラを倒した翌日、アリサはサクヤの部屋を訪ね今までの事を謝罪した。

 トラウマを克服した私に、サクヤさんは心から安堵したように微笑んでくれた。
 そしてサクヤさんは私の主治医・大車先生がアラガミに襲われ戦死したことを告げた。彼の戦死には何か裏があるのではないかと考えているようで、全ての真相はリンドウさんの腕輪にあると思い、私に腕輪捜索の手伝いを一緒に頼まれた。
 これまでの罪滅ぼしのために私が引き受けると、サクヤさんは感慨深くためいきをつく。

「それにしても……死んだ後まで、こんな風に振り回されるとは思ってなかったけどね……」

 私が座るソファの後ろの棚、そこにある写真立てを見てサクヤさんが呟いた。それはツバキ教官とリンドウさん、サクヤさんが仲睦まじく並ぶ写真。

「ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー」

 ふと、頭に浮かんだロシア語を呟く。

「何?」

「”悲しみは海にあらずすっかり飲み干せる”ロシアの古いことわざです」

「……そう。ありがとう、アリサ」

 今はまだ悲しみの心は完全には晴れないけれど、いつかきっとこの悲しみごと乗り越えたい。

 サクヤさんの憂いをおびた瞳を見つめて、コーヒーカップを手に取る。
 このコーヒーのようにすべてを飲みこもうと、サクヤさんと二人一緒にコーヒーを飲み干した。

「そういえばアリサ、グレイにはお礼を言ったの? 訓練、してくれたのでしょう」

「えっ、それは……その……」

 突然のグレイの話題に慌ててカップをテーブルに置く。そんな私の仕草にサクヤさんはクスリと笑った。

「その様子だとまだね。……ね、アリサはもしかしてグレイのこと、気になってる?」

「え!? そ、そんなことあるわけーー」

「本当に?」

 頬が熱を帯びていくのがわかる。
 多分、絶対今の私は顔が赤いと思いながら視線を落とした。

「サクヤさんには敵わないですね……多分私はグレイのこと、好きなんだと思います」

「多分、なの?」

「分からないんです。人を好きになったこと、ないから……」

「でも、気になるのでしょう?」

「……はい」

「そう。私は貴女たちならお似合いだと思うけどな」

「そうでしょうか……」

「ええ。グレイが貴女を見る目はとても優しいわ」

「……でもグレイはきっと、レインのことが……」

 感応現象で見たグレイの過去を思い出す。
 錯乱状態のレインを抱きしめる姿がどうしても頭から離れない。私に優しくしてくれたのはきっと、レインと私を重ねているからーー。

「そう、レインか……。確かにいとこにしては仲が良いわよねぇ。私としてはレインはソーマとくっついて欲しいわ」

「え、ソーマと?」

「ええ。あの一匹狼のソーマに体当たりで歩み寄ろうとするのはレインぐらいよ」

「確かに……」

「だからアリサ、私は貴女の事応援しているわ。グレイの事、頑張って虜にするのよ」

「ええ!?」

 ウィンクするサクヤさんがいじわるそうに笑う。
 こんな、なんてことのない女性同士の会話をとても楽しいと、初めて実感した。


 * * *

 第一部隊全員の招集。
 ツバキさんからの突然の連絡に、エントランスに集まったみんなをレインが見渡した。

 最近単独で任務続きだったからみんなが集まるのを見るのは久しぶりだ。隣に立っているグレイに「何かあるのかな?」と聞いても「さあ?」と返される。

「なあ、急に集まれって来たけど一体なんなの?」

 まだ来ないツバキさんに焦れたコウタがアリサに聞くと、アリサがツンと顔を背けた。

「知らないです。知っていてもアナタには教えませんけどーーサクヤさん、何か知ってます?」

「何も聞いてないわ。それにしても全員招集ってのも珍しいわね」

 相変わらずコウタにはツンツンなアリサは、サクヤさんとは気軽に喋れるようになったらしい。よかったと安堵していると、聞きなれたヒールの音がした。

「どうやら全員いるようだな」

 ツバキさんの登場に全員が静かになる。
 第一部隊全員が揃っていることを確認したツバキさんの目が、私を捉えた。

「本日。執行部から正式な辞令がおりた。今回の任務の完了をもってレイン・アーヴェルクライン、貴官をフェンリル極東支部保守局第一部隊の隊長に任命する。これからはお前がリーダーだ……よろしく頼むぞ」

「えっ……私が、リーダー……?」

 ツバキさんの言葉に脳がついていかない。
 私が、リンドウさんの代わりにみんなを統率するリーダー?

「す、すげえ! 大出世じゃん! こういうの何て言うんだっけ?……下剋上?」

「それ、裏切りですよ?」

 自分のように喜ぶコウタにアリサの的確なツッコミがくる。ほうけている私にもアリサが嬉しそうに見えるのがわかった。

「改めて、よろしくお願いします。……ね、サクヤさん!」

 アリサがサクヤさんに振りかえると、サクヤさんは何かを考えているのか押し黙っていた。

「サクヤ……さん?」

 アリサが戸惑うように声かけをすると、我に返ったサクヤさんが複雑そうな目をしながらも私に小さく笑みを見せた。

「え……ええ、そうね。リーダー……か、何だか随分頼もしくなっちゃったわね。レインになら背中を預けられるわ、これからもよろしくね」

「……はい」

 サクヤさんはきっと、リンドウさんの居場所が無くなっていくのが辛いのかもしれない。そしてその居場所をとってしまったのが私だと思うと、居た堪れない気持ちななった。

「まあなにはともあれ統率するリーダーが決まって良かったよ。俺もレインなら文句ない」

 なんとも言えない私の表情を見たグレイが、頭をわしゃわしゃと撫でる。

「早とちりするな、正式に任命されるのは今回の任務完了後だ」

 気を引き締めるようなツバキさんの言葉に全員が黙り込む。そしてツバキさんは私をひたと見据え、力強い目で口を開いた。

「確かにリーダーともなれな相応の権限が与えられる。しかし、同等の重く大きな義務も負ってもらう。神機使いとしての職分だけではない、チームの部隊員を無事に生きて帰還させるという義務だ」

 ツバキさんの言葉と真剣な瞳に、重圧がのし掛かってくる。そう、リーダーともなれば全員を守りながら勝たなくてはならない。

「死ぬなよ、全員生きて帰れ。これは命令だ」

 リンドウさんの口癖に全員俯く。
 そんな私達を見て、ツバキさんが檄を飛ばした。

「さあ! 何をボサッとしている、任務に向かえ!」


 一人後ろに佇むソーマから視線を感じる。前に、頭突きしてソーマに言った言葉を思い出した。

『私は絶対に死なない』

 それ以上にソーマを、みんなを、死なせはしない。


 リンドウさん、私は貴方みたいなリーダーになれるでしょうか。


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