38.浅き夢
浅い眠りの中で、銀髪の男が私を冷たく見つめている。
駆け寄ろうとした私に、男の周りの景色が変わり凄惨な場面が目に映った。
激しい雨が降る中で、第一部隊のみんなが、ソーマが、血を流して倒れている。
「嘘……」
ああ、私が守りきれなかったから。
みんなが、みんなが死んでしまうーー。
立ち竦む私に男が冷たく唇を開いた。
『あいつらが弱いからこんな結末になったんだ』
「い、いや……」
『所詮人間など、弱くて醜い生き物。この世界に抗えるほど高潔な精神もなく、己の命しか守ろうとしない』
「違う……」
『お前が守る価値などない』
深淵のように昏い瞳が私を見つめる。
『お前が望むならいっそ、すべて喰らってしまえばいい。お前はーー』
唇が三日月のように弧を描く、拒絶しようと後ろへ引こうとした瞬間、私は夢から覚めた。
「…………」
カチカチと時計の針が進む音だけが響く部屋の中で、私はベッドの中で縮こまっていた。
まだ頭がボーっとするなかベッドから這い出て、汗をかいたシャツを脱ぐ。
ソファーに無造作に放ってある洗濯済みのシャツを取ると、自然と目が昨日負った怪我に移った。
真っ白く傷ひとつない腕を見つめて、重たい息が零れる。
確かに昨日ソーマを庇って怪我を負った。医者からは当分痕に残るだろうと言われたが、怪我を負ったとは思えない綺麗なままの腕に嫌悪感が込み上がってくる。
唇を噛みしめながらふらりと棚から包帯を取り出して、誰かに見られないように怪我があったところに巻きつける。
なんとか着替えを済ませて髪を結わえると、やっと一息つけた気がした。
「ああ……そういえばリンドウさんの部屋だったっけ……」
寝ぼけ眼であたりを見渡す。
すぐに移ったままで掃除も手につけていない。今日の任務が終わったら掃除しなくちゃなと考えて部屋を出ようとする。
ふと、男の昏い瞳が脳裏をかすめた。
『お前はアラガミなのだから』
額を手で覆い、ずるずるとドアに寄りかかるように座り込む。振り払わなければと、そう思っても私の中の存在がそれを許してはくれない。
夢の中の惨劇が忘れられなくて、目に焼き付いて離れない。
「私がみんなを守らないと。私がリーダーなんだから……」
自分にいい含めるように呟く。しばらく瞼を閉じて心を落ち着かせてからゆっくり立ち上がる。長く息を吐いて部屋を出た。
* * *
表面上は何事もなかったかのような顔でエレベーターを目指す。数人の神機使いとすれ違うと、目の前に見慣れた女性が目に付いた。
「あれ、ツバキさん」
声を掛けると気付いたツバキさんが近づいてくる。
「レイン、どうだ? 調子の方は」
「えっと……」
「ああ、みなまで言うな。その顔を見れば大体分かる」
私の顔を覗き込むように頬に手を添えらる。なんでも見透かしそうな、落ち着いた瞳に見つめられて身動きが取れなくなった感覚に陥る。
「リーダーに成り立てだったリンドウにそっくりの、テンパった顔つきだ」
「気づかれないようにしてたんですが……」
「皆に隠せても私には隠せないぞ。あとは、ライナスにも気にかけてほしいと言われていたからな」
「え、ライナスに?」
「お前がリーダーになったと聞いて直ぐに私の所に来た。『レインに何かあったら力になってほしい』『レインは独りで背負い込む子で私が言っても聞かないから』と言っていたな」
「恥ずかしい……」
「良い人ではないか」
「あの、ツバキさんはライナスと親しいんですか?」
私の疑問にツバキさんは懐かしそうに目を細めた。
「ああ、私が現役だったころから世話になっている。……とても優しい春風のような人だな」
小さく微笑んだツバキさんに私も頷く。
ライナスは人を安堵させる暖かな空気を纏っている。その空気にずっと私は助けられてきた。
「まあ先ずは、肩の力を抜くことだな」
力んでいたのに気づかれて肩を優しく叩かれる。
「お前が全てをこなすことはないんだ。仲間を使い、自分を使え。それが信頼を生む」
「ツバキさん……」
「お前ならきっと良いリーダーになれる。さあ任務に戻れ、これからもよろしく頼むぞ」
背中を押されて振り返る。笑みを浮かべたツバキさんに感謝の念がこみ上げてきた。
「ありがとうございます、ツバキさん!!」
一礼してエレベーターへ向かう。
なんだかとても胸がすうっと晴れたような気がする。
『全てをこなすことはない』という言葉に私をがんじがらめにしていた呪縛から解放された気分だ。
皆を守る、その気持ちは変わらない。
でも一人でなんとかしようとしなくていいんだ。
軽くなった体が、開けた視界が、私が前を進もうとする気持ちを後押しした。
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