40.思惑



「ふう、一丁上がりっと。どう? レイン」


 神機の強化を終えたリッカが、新しく生まれ変わった相棒を手渡してくれる。
 青いフォルムの新しい装甲はアリサから貰ったティアストーン。
 剣はサリエルの羽を彷彿とするリゴレット。

 "他者の涙をすくう慈しみの盾"と言われるティアストーンと、真逆のリゴレットを眺めながらリッカにお礼を言う。

「ありがとう、リッカ……私には勿体無いほど良い装備だよ」

「そう? 良かった!」

「うん。じゃあまた何かあったら来るね。これから支部長に呼ばれてるから、急がないと」

「隊長は大変だね。リンドウさんの分も任務出てるんでしょ? あまり無理しないように! 神機は見れるけど、キミの体は見れないからね?」

「わかってるよ! ありがとうねリッカ!」

 手を振ってリッカと別れる。
 やっと装甲の強化が出来て一安心。ソーマに言われてから何度も整備して貰おうと思っていたけど、それ以上の任務の多さになかなか神機を強化出来なかったのだ。


 支部長室前にたどり着くと、一呼吸置いて心の準備をする。
 息が整うと扉をノックし返事が返ったのを確認して室内に入った。

「失礼いたします」

「この前の怪我はもういいのかね?」

 開口一番にそう問われて、自然と左手で右腕を触ってしまう。

「……ご心配をお掛けして申し訳ありません。擦り傷だったので……大丈夫です」

 支部長の視線が私の右腕に注がれる。

(この人は、知っているのだろうか……私が……)

「そうか、それは良かった。最近の君の活躍は目を見張るものがある。小さな怪我で伸びる芽を摘みたくはない」

 私の疑問を知ってか知らずか、支部長は両手を組んで目を細める。

「さて、知っているかもしれないが、エイジス計画がそろそろ最終段階に入りつつある」

「そうですか。多くの人々が待ちわびているんですよね……喜ばしい事です」

 それが本当に人の為になるのなら、私は全力で手助けをする。でも、支部長に何か裏があるなら……手放しで喜べるものではないかもしれない。
 杞憂であればいいのに……。

「そう、アラガミの脅威から我々を守り、人類を新たな未来に導く箱舟、それがやがて完成を迎える。実に喜ばしい事だ。もう少しだ……あと暫く、君の力を貸してくれ」

「はい……」

 真剣に語る支部長からは人類を救いたいと願う人にしか見えない。信じてもいいのだろうかと、そう迷っていると、突然部屋に機械音が鳴り支部長が机に置いてある機械ーーパソコンかなにかを見た。

「来客だ。申し訳ないが続きは後日にしよう。兎も角、君のさらなる働きを期待しているよ。以上だ、下がりたまえ」

「はい、失礼いたしました」

 支部長に一礼して部屋から出る。

 扉を閉めてエレベーターに向かおうとすると、向かいから榊博士が歩いてきた。
 支部長の来客とは博士だったのかと、軽く会釈しながらすれ違う。

「君はどんな選択をするのかな?」

「……え?」

 突然呟かれたセリフに思わず振り返る。
 聞き返す間も無く榊博士は何事もなかったかのようにニンマリ顔をして、支部長室に入っていく。

「……なんなの……」

 相変わらず博士は訳がわからない人だ。
 人をからかって遊んでいるのかなんなのか。

 踵を返して帰ろうとすると、床に何か黒い物体を見つけた。

「……なにこれ、まさかゴキブーー」

 アラガミの次に人類の天敵である黒い虫かと思いきや、その物体は一枚のディスクだった。

 榊博士が落としたのだろうか、拾いながら先程の博士のセリフを思い出す。


『君はどんな選択をするのかな?』


 博士は私に何か選択をさせたいのか。
 手のひらに乗るディスクを眺めた後、そのまま私は自室へと戻った。

 そして私は後悔する。
 こんなこと、私は知りたくなかったのに……と。


 * * *


「やあ、誰かと思えばペイラー」

「ヨハン、あの娘も飼い犬にしようというのかい?」

 支部長室に入ってきたきて早々の言葉にヨハネスは苦笑する。

「さて、なんのことかな。それよりお願いしていた例の件だが、その後報告を受けていないが」

 軽く躱されながらも、榊はメガネを上げながら狐のような目をさらに細めた。

「ああ”特異点”のことかい、すまないがまだ手がかりはない」

「そうか、あれは計画の要だ。引き続き頼む」

「君は君で探させているようじゃないか、そっちの方はどうなんだい?」

「やはりソーマだけではままならないといったところだ」

「それで、あの娘も手駒に引き込もうとしていた、という訳だね? ライナスが知ったらさぞ悲しむだろうに」

 榊の言葉にヨハネスは先日支部長室を訪ねてきた友人を思い出す。
 ご丁寧に「レインよろしく頼む」と頭をさげたライナス。穢れを知らないような真っ直ぐな瞳は彼の”妹”を思い出してしまう。

「少しは言い方を考えてほしいな博士、君はいつも通り観察に徹していてくれればいい」

「ああ……私にとって森羅万象は観察の対象さ。だからこそ、興味深い観察対象を無駄にしてほしくないだけさ」

「君が、それを言うのか。……ご忠告ありがとうスターゲイザー、これからも我々が成すことを見守っていてくれたまえ」


 立ち去る榊の背を見送り、ヨハネスは宙を見つめる。瞳の色は暗く、暗く沈んでしまっている。

「……例え忘れ形見だとしても、来るべき未来のために利用してみせよう。我が息子のように……」


 支部長室から出た榊は扉を閉めてゆっくり歩を進めながら、ここですれ違った少女を思い出す。


「さて、君はどんな選択をするのかな?」


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