41.知られざる過去
自室に戻り、ターミナルで開いてディスクを入れる。
少し後ろめたい気がしたけれど、あの榊博士の意味深な言葉が気になってファイルを開けた。
中身は映像記録のようで、真っ白な実験室が映り白衣を着た女性と男性がオウガテイルを解剖している。が、突如オウガテイルから黒い煙が噴き出て辺りが騒然とした。
『麻酔、効いてないの!?』
『おい、こっち手伝え!』
女の人の叫び声の後、これを記録しているビデオカメラが倒れて画面が砂嵐に変わる。
するとさっきとは違う場面に切り替わった。
どこかの会議室だろうか、テーブルに座る男女四人が難しい顔をしている。
若かりし頃の榊博士と、シックザール支部長、そして黒髪に眼鏡の褐色肌の女性と、亜麻色髪に青色の瞳の女性がいた。
(亜麻色の髪の人、どこかで見たことがある……)
画面を食い入るように見ていると、褐色の女性が難しい顔をして口を開いた。
『やはり成体への偏食因子組み込みは難度が高いわね……』
『投与してもアポトーシスが誘導されずらいようだね。やはり胎児段階の投与が一番確実じゃないかな……少なくともラットでは成功している』
『……どちらにせよ人体での臨床試験が必要な段階だろう』
『原理が分からないものを、分からないまま使うアプローチ全てを否定する訳じゃないけど、P-73偏食因子の解明は始まったばかり。少なくとも今行うのは如何なものかと……』
支部長の言葉に榊博士が注意するように言うと、会話を聞いていた亜麻色の髪の女性が口を開いた。
『胎児段階の投与に成功したとしても、母体にどんな影響があるのかわからないままでは危険すぎるわ』
博士とは違って明確な反対意見を出した女性に支部長が直ぐさま反論する。
『一日十万人近くがアラガミによって捕食されてる状況で、そんな悠長なことは言ってられないだろう』
『君がペッテンコーファーのように、自分で試すのかい?』
博士の試すような言葉に支部長は当然というように頷いた。
『ああ……それが合理的であれば試すさ』
長い沈黙が落ちる。
誰も発言しない中、ずっと黙っていた褐色の女性が決心したように顔を上げた。
『ヨハネス……私の……私達の子供に投与しましょう』
その一言にその場にいた全員が目を見開く。
『アイーシャ……本気なの?』
亜麻色の髪の女性が冗談だと言ってほしいというように聞くけれど、アイーシャと呼ばれた女性は静かに頷くだけ。
『いくら君の発案だからといって……私達の子供を……』
『誰かが渡らなければいけない橋よ……それならば私達が……』
『しかし……』
『合理的だけど……賛成しかねるね』
『そうよ、貴女になにかあったらーー』
『生まれてくる子供達に……滅びゆく世界を見せるつもりはないわ』
頑として譲らないアイーシャさんに皆が黙り込んで考え込む。
すると、支部長がゆっくりと口を開いた。
『私は支持しよう』
父親の賛成に榊博士と亜麻色の髪の女性が俯く。
『両親共に賛同か……説得の余地は無さそうだね。ならば私は降ろさせてもらう。君達とは方法論が違いすぎる』
『サカキ……』
椅子から立ち上がる榊博士をアイーシャさんが悲しそうな目で追う。
『私はどこまでも"スターゲイザー"星の観察者なんだ……君達の重大な選択に介入するつもりはないよ。私は私の方法で偏食因子の研究を続ける。またどこかで交わることもあるだろう』
博士を見て、亜麻色の髪の女性が決心したように立ち上がる。
『ごめんなさい二人共……私はペイラーについていくわ』
『シェリル……』
シェリルと呼ばれた亜麻色の髪の女性は腹部を撫でるような仕草をする。そこに、命が宿っているかのように。
『私は貴女みたいに強い決断はできない……。でも、守ることはできるはず。道は違うかもしれないけど、皆を守れる方法を私は探すわ』
『……貴女ならそう言うと思ったわ。身体を労ってね』
『私より貴女がでしょ、アイーシャ。無事に生れたら会いに行くわ』
『ええ……』
榊博士と共にシェリルさんが会議室から出て行く所で映像がまた変わった……。
病室のベッドに横になるアイーシャさん。
さっきの映像から数ヶ月は経ったのか、膨らんだお腹をさすって支部長が声を掛けた。
『気分はどうだ?』
『うん……体調もいいし……。早く生れてきてね……。サカキは?』
『安産のお守りが送られてきたが……音信不通のままだ……』
『そう……私達が計画を強行したのを怒って……。シェリルの方はどうなったのかしら……』
『今は考えるな……体に障るぞ』
優しい支部長の声にアイーシャさんが微笑む。
『そのお守りは貴方が持っていてちょうだい、明日はよろしくね』
気丈に微笑むアイーシャさんの笑顔で場面が変わった。
フェンリルマークの壁を背にして支部長がこちらを見ている。どうやら支部長室のような所でこのビデオを撮ったようだ。
『やあ、ペイラー久しぶりだね。あの忌まわし事件の後君もご存知の通り……マーナガルム計画は事実上凍結された。あの計画で生き残ったのは生れながらにして偏食因子を持ったソーマと……君から貰った"安産のお守り"を持っていた私。そしてシェリルが生んだレインだけだ』
「えっ……嘘……」
鈍器で殴られたような衝撃に頭が追いついていかない。
シェリルさんが私の母親で、ソーマが私と同じ偏食因子を持っている?
驚きで心臓が鳴り響いているのを落ち着かせて、なんとか考える。
(そうだ、ソーマはリンドウさんが行方不明になったあの任務で、私と同時にアラガミを察知していた……それは私と同じ、P73偏食因子を投与された半アラガミだから……)
『ライナスから聞いた時は驚いたよ、まさかシェリルにあんな事故が襲うとは……』
(事故……? 事故ってどういうこと?)
『そして君と生前シェリルが作った"お守り"の技術が、今や人類をアラガミから守る対アラガミ装甲壁になるとは……。科学者として君には敵わないと痛感したよ。恐らく君は……こうなることを予想していたのだろうか?……フッ……安心してくれ君を責めるためにこのメールを送っているわけではない。近々私はフェンリル極東支部の支部長に任命される。そこで再び君の力を貸して欲しい。報酬は研究のための十分な費用と、神機使い、ゴッドイーターにまつわる全ての開発統括だ!』
ああ、と支部長が何か思い出したように目を細めた。
『そうだ……君に息子を紹介していなかった。まあ、そういうわけで近々挨拶に行くよ……それでは失礼』
プツリと映像が消える。
終わったと思ったら軽快なSEが鳴り小さく描かれた榊博士とオウガテイルのイラストが映し出された。
【このディスクを拾われた方は、ペイラー・榊の研究室まで届けてください。……まさか中身は見てないよね?】
「……あの、キツネ博士……」
したり顔でニヤニヤ笑う博士の顔が脳裏に浮かんだ。
前髪を掻き上げて天井を見つめる。
こんなこと、知りたくなかった。
「ソーマが、私と同じ存在なら」
自分を化け物だと言うソーマにもしもこのことが知られてしまったら、きっと嫌われる。今までのような関係ではいられなくなる。
ソーマにだけは嫌われたくない。
何故だか分からないけど、その気持ちだけが頭から離れなれなかった。
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