43.この感情は



 ベテラン区域に足を踏み入れたグレイが辺りを見渡す。と、廊下に鎮座するベンチに座って缶ジュースを飲んでいる探人を見つけた。

「お、ソーマ見っけ」

 床を見つめている無機質な瞳がこちらに向くが、一瞬だけ目が合うだけでふいと逸らされる。

「隣いい?」

「……勝手にしろ」

 嫌そうな目をしながらも拒絶されなかったことに少し驚き、ソーマの隣に座る。缶ジュースのラベルを見ると、ぶどうジュースだった。

「懐かしいな……」

「あ?」

「いやいや何でもない。それよりも話があるんだけど」

 そういえばソーマとサシで話すのは初めてかもしれないな、と思いながら本題に移る。

「アンタ、レインと何かあったのか?」

「…………」

 黙り込むソーマに内心溜息をついて、やれやれと足を組む。

「単独行動常習犯なのはいつものことだけど、分かりやすいほどレインを避けているし、レインもアンタを避けている。こっちとしては迷惑なんだよ」

 士気に関わるだろ、と言えばやっとソーマが俺の方を見た。

「……俺みたいな化け物と関わり合いにならないほうがいい」

「化け物、ねぇ」

「お前も、あいつが大切ならーー」

「P73偏食因子って知ってるよな?」

「!?」

 ソーマの目が見開かれて俺を見つめる。

「レインは、P73偏食因子を投与されてる。この意味……ソーマなら分かるよな?」

 カラン、と缶ジュースを滑り落としたソーマが硬直している。するとソーマの携帯端末が鳴り響いた。

「…………」

「鳴ってるぜ?」

 呆然としたソーマが携帯を取り出す。メールだったのか文面に目を通した後に無言で背を向けた。

「任務?」

「……ああ」

「んじゃまあ頑張れ。あ、そうそう。次に自分のこと化け物ってレインの前で言ったら殴るからな」

「……」

 無言でエレベーターに消えるソーマを見送る。

「自分を蔑めば蔑むほど、誰かの首を絞めることになるってことをいい加減わかれよな……」

 だからお節介にもレインの秘密を言ってしまった。自分を化け物と呼ぶことは、彼女のことも化け物と呼んでいるということに等しいということを知って欲しかった。

「俺はアイツを救ってやれないから……」

 どんなに大切に思っても、彼女を暗い深淵からすくい上げることは自分にはできない。
 どんなに彼女が笑っていても、本当は籠の中で独りで足掻いて泣いているのを知っているから……。

「もしもアイツを救える存在がいるなら、多分、お前しかいないんだよ。ソーマ」

 そう独りごちりながら、俺は缶ジュースを拾ってゴミ箱に放った。

 * * *

 榊のオッサンからの送られたメール文章を読みながら、ヘリの座席に深く座り込んだ。

 あいつと二人でヴァジュラとボルグ・カムランの討伐……。グレイから聞かされたあとでどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。

「……俺はあいつに、化け物だって言ってたんだな」

 同じ存在であるあいつに酷いことを言っていた。時折見せる悲しそうな顔はそのせいだったのだろうか。

 ヘリが旧市街地に止まり、神機片手に降り立つ。出撃ポイントにはすでにあいつがいた。

「……行こっか」

 決して俺と目を合わせようとしない仕草に、チクリと何かが痛む。
 避けらるようになってからずっと感じている痛みに目を逸らしながら、歩を進めた。

「一気に二体より一体ずつ行こう。……単独行動したら、怒るからね」

「ああ」

「……珍しく殊勝だね?」

 建物の奥の方まで進みながら、小さく笑う気配がした。普段と変わらない笑みに何故がホッとしていると、前方に壁を捕食しているボルグ・カムランが見えた。

「行くよ」

 ブラストが火を噴き、間を縫って俺が走る。サソリに似た風貌のアラガミが俺たちに気がつき咆哮を上げた。
 地面を蹴りバスターブレードが硬い甲羅をえぐる。怯んだ隙に銃弾の雨が降り注ぎ、盾の役割をした腕を粉砕した。
 唸り声をあげたボルグ・カムランが体を捻ようとする。

「来るぞ!」

「OK!」

 直ぐさま装甲を展開すると、サソリの鋭い尾が回転する。チラリと振り返ると、タイミング良く跳躍して攻撃をかわしトリガーを引く姿が見えた。

「よっしゃ! 命中!!」

 銃弾が甲羅を貫いて、アラガミの体が倒れる。その隙に捕食すると、身体中にオラクルの力が湧き上がり、渾身の一撃を喰らわせた。

「いただきっ!」

 銃から剣に切り替えて捕食しているのを横に、続けざまに攻撃する。起き上がったボルグ・カムランが、怒り狂うように活性化して盾状の腕をふりまわした。

「おわっ!!」

「レイン!!」

 銀色の髪が翻り、一緒に後ろに後退する。
 すると、驚いた顔のレインが俺を見た。

「ソーマ、今、名前……」

「あ?」

「はじめて、呼ばれた」

 俯いたレインが震えた声で呟く。

「も、もう一回、もう一回呼んで!!」

「お前! 前見ろ!!」

 さっきまで俺の顔すら見なかった奴が、目をキラキラさせて詰め寄る。視界の端ではボルグ・カムランが突っ込んで来るのが見えた。

「チッ、馬鹿野郎!」

 レインにタックルして二人一緒に転がり攻撃をかわす。押し倒したような形で目が合うと、同時にそらした。
 心なしか顔が赤い気がするが絶対に気のせいだ!

「ご、ごめん」

 腕を引っ張って立ち上がり、神機を構え直す。体勢を立て直したボルグ・カムランに隙を与えずに斬り込むと、慌てたように後ろの馬鹿も脚を斬り刻む。

「死ねっ!」

「はああああっ!」

 最後の攻撃を受け、ボルグ・カムランが雄叫びをあげて倒れ伏す。完全に倒れたアラガミのコアを抜き取ると、レインが肩で息をしているのが見えた。
 振り返ると、いきなり詰め寄られる。

「やっぱりもう一回呼んで!」

「おいっ!」

 がばりとつかみ掛かられて後ろに引く。

「まだ言うのか、お前俺のこと避けてただろ」

「そ、それはソーマだって!」

 唇を尖らせたアホヅラに思わず笑いが込み上がる。

「い、今笑った!?」

「気のせいだ」

 神機を肩に担いで背を向ける。

「まだヴァジュラが残ってる、さっさと行くぞ。……レイン」

「!! うんっ!!」

 後ろからついてくるアホの満面の笑みに口が緩む。

 どちらともなく避けなくなったことに我ながら単純だなと思いながら、任務前のグレイの言葉が蘇った。

『次に自分のこと化け物ってレインの前で言ったら殴るからな』

 今まではずっと避けながら、こいつ自身を見ようとはしなかった。だが、俺と同じ存在と知り、何かが吹っ切れた気がする。

「もう俺に関わるなとは言わねぇ」

「え」

「だから絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

「言ったでしょ、私は死なないよ」

 ニッと笑うレインに苦笑する。


 俺はずっと怖かったのかもしれない。
 俺の中で特別になっていくこいつを、失いたくないと。
 サリエルから身を呈して俺を庇ったこいつのことが……。

(ああ……この不可思議な感情は……きっと)



「いたよ、ヴァジュラ!」

「ああ、突っ込むぞ!」


 二人同時に跳躍する。
 さっきよりも動きやすい連携に、お互いの背を預けた。


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