48.無邪気な笑顔



 榊博士とライナスに呼ばれたグレイはラボでレインとソーマ以外の第一部隊のメンバーと顔を付き合わせた。

「ん? コウタ、レインは? 確か二人で任務行ってたよな」

「レインは単独で任務行ってる。最近リンドウさんの代わりにいろんなのを受けてるからさ」

「そっか。ソーマは?」

 全員が無言で顔を振る。また単独行動かと呟くと、アリサが隣で小さな溜息をついた。

「レインのおかげで少しは単独行動が減ったと思ったんですが……いないとなると、相変わらずですね」

「ふふ、でも昔よりはいい傾向だと思うわよ」

 サクヤさんの言葉にコウタが大きく頷く。するとラボの奥、あのアラガミの女の子の部屋として使っている扉か開いて、親父と榊博士が女の子を連れて出てきた。

「おや、もう集まっていたのかい。すまないね気がつかなくて」

「前置きはまあいいっすよ。で、俺たちをなんで呼んだんです?」

「グレイ、この子の名前を決めたくて呼んだんだよ」

「名前……ですか?」

 親父の言葉にアリサが首を傾げると、博士は女の子を見て目を細めた。

「ああ、いつまでも”この子”扱いでは色々と不便だからね」

「私達も色々考えたんだけど、どうも良いのが浮かばなくてね。君たちに素敵な名前を考えてほしいなと思って」

「おもってねー」

 親父の言葉をおうむ返しする女の子に全員の視線がいくと、コウタが自信満々そうに手を挙げた。

「ふっ…俺、ネーミングセンスには自信があるんだよね〜」

「嫌な予感しかしないんですが」

「そうだな〜例えば……ノラミとか!!」

「どんびきです……」

 流石にノラミはないなと俺も頷くと、コウタは不満そうに唇を尖らせた。

「何だよ、じゃあ他に良いのがあるのかよ〜」

「な、なんで私がそんなこと……」

「へーんだ、自分のセンスをさらすのが怖いんだな〜」

「そ、そんな訳ないでしょ! え、えーと……グ、グレイは何か考えがありますか?」

「え、俺?」

 いきなり話題をふられても、俺も親父やレイン並みにネーミングセンスないし、それでアリサにどんびかれても悲しいなと考えていると、床に座っていた女の子が声を上げた。

「シオ!」

「あ、じゃあそれで」

「なんだそれ! じゃなくて、やっぱりノラミでしょ!」

「シオ」

 コウタの言葉に間髪入れずに女の子が答えると、サクヤさんが女の子と目線を合わせるように屈んだ。

「……それ、あなたの名前?」

「そうだよ」

「へぇ、良い名前だね」

 親父が感心そうに頷いている。

「なんて意味なんだ?」

「フランス語で子犬って意味さ。まさに名は体をあらわす、だね」

「確かに、子犬みたいね」

 サクヤさんがシオの頭を撫でると、榊博士がニヤニヤしながら口を開く。

「どうやら、ここにいない誰かが先に名付け親になってしまったようだね」

「え、それってレインとソーマ? ……な、なあ、やっぱりノラミのほうが良いんじゃない?」

「やだ」

「んだよチクショー」

 すげなくふられたコウタに全員が笑うと、博士が俺とアリサを見て笑ってきた。

「さて、私とライナスはこの後アラガミの実験があるので出て行くが、シオのことはアリサ君とグレイ君、二人に頼んだよ」

「は?」

「わ、私とグレイですか!?」

「ああ。サクヤ君はなにやら忙しいようだし、コウタ君はツバキ君に呼ばれているようだからね」

「お、俺もシオの面倒ーー」

「ツバキ教官にしめられるぞ?」

「だよなああ……」

 泣く泣くツバキ教官の所に行くコウタに、そそくさとラボから出て行くサクヤさん、親父と博士は「では任せたよ」と言って出て行ってしまった。

「ったく、仕方ないな。おーいシオ、なにして遊ぶ?」

「シオ、えをかくぞ!」

「おー、じゃあ部屋に行くかー。ほら、アリサも」

「は、はい」

 アリサと共にシオの生活する部屋に行くと、壁には色とりどりの落書きがそこら中に描いてある。

「おいこらシオ、壁に落書きしない。こっちの紙に描け」

「むー」

 壁に落書きしようとするシオの首根っこを掴んで俺の膝に乗せると、渋々という風に落書き用紙によくわからない絵を描いて行く。

「……手慣れていますね」

 俺の隣にちょこんと座るアリサが意外そうに言った。

「まー孤児院みたいなとこで生活してたからな。沢山の弟や妹みたいなのの世話してたら慣れた」

「孤児院、ですか? ならライナス室長はーー」

「や、親父は親父、血は繋がってるぜ。レインの親父さんがそういう身寄りのない子供を集めていてさ、一緒に暮らしてたんだ。ちょうどその頃親父はフェンリルの医療技術チームに呼ばれて家にいなかったしな」

「そうだったんですか……」

「だからこいつのことも、アラガミだからって嫌えないんだよ」

 シオの頭をポンと叩くと、無邪気な顔が不思議そうに見上げている。そう、まるで昔のあいつのように。

「シオは昔のレインになんとなく似てるからさ」

 天真爛漫で、汚れをしらない無垢な笑顔。その反面、アラガミとしての本能を時折見せる様はこんなにも似通っている。人にしてアラガミ、アラガミにして人である二人だからなのだろうか。

「……そう、ですか」

「アリサ?」

「!?」

 なんとなく元気のないアリサに気がついて顔を近づけると、林檎みたいに真っ赤になったアリサが目をそらした。

「な、なんですか」

「なんですかってこっちのセリフなんだが……熱でもあるのか? 顔、赤いぞ?」

「べ、別に大丈夫です!」

「……そうか?」

 コツンとアリサのおデコに俺の額を当てれば確かに熱はない。ただの疲れか? と首を傾げると、さらに顔を赤くしたアリサに思い切り突き飛ばされた。

「うお!?」

「し、シオちゃんの前で何するんですか!?」

 ひょいとシオを抱き上げソファの端にアリサが避難する。
 何故俺が突き飛ばされなきゃいけないんだ……と唸りながら、その日俺はずっとアリサの機嫌を直すのに一日を費やしたのだった。


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