49.銀の光に焦がれる
アラガミであるシオが榊博士のラボに匿われて早数日、シオの知識は成人した人間と同じと言って良いほど急成長をした。
ソーマと共に榊博士のラボに呼ばれた私はシオの食料確保を頼まれた。
今までは任務で集めたコアをシオに与えていたらしいが、それが尽きてしまい急遽私達が呼ばれたという。
最初は拒絶していたソーマだったけど、私がリーダー権限で強引に引っ張りだし、今は不貞腐れたような表情でついてきている。
エントランスで見つけたコウタを伴い、私とソーマとコウタ、シオで愚者の空母へと赴いた。
「さーて、シオ。博士のオーダー通りならフルコースのディナーだよね。あまり待たせないようにするけど、暇ならそこら辺のオウガテイルと遊んでていいよ」
「シオもいっしょにいくー!」
「へ?」
私とコウタが首を傾げたると、シオが右手を上げる。瞬間、手が神機の剣形態を模したような形状に変化した。
「うわ! まるで神機じゃん!」
コウタが驚いてソーマが不快そうに眉を寄せると、シオは「みてみて!」というようにピョンピョン飛び跳ねた。
「レインといっしょだぞ!」
「確かにショートブレードっぽい」
呆気に取られていると、シオが早くと私の服の裾を引っ張ってくる。目をキラキラさせるシオに毒気を抜かれた気分だ。
「そいじゃ、行きますか」
シオとのデートは面白いほどスムーズに行われた。楽しそうに剣を振るうシオは神機使い数人分の能力を持っていて、アラガミと遊ぶように斬っていく。
最後の大型種を倒し終わり、辺りが静まり返る。ふうと私達が息をついていると、シオは待ってましたとばかりに近くで倒れているオウガテイルに近寄った。
「それじゃーイタダキマス!!」
「はいはい、どうぞめしあがれ」
初めてシオを見つけた時を思い出してそっと視線を逸らす。
シユウを喰らう姿は目に焼きつくほど覚えている。
私の中のアラガミが今にも喰らいたくてうずうずしているのを感じながら、瞼を閉じた。
「あ、そーだ。ソーマ、レイン! いっしょにたべよ!」
「!!」
シオの言葉に目を見開くと、無邪気な笑顔のシオと、呆然としたソーマが見えた。
「……おいおい、シオ。俺たち人間はアラガミを喰ったりしないんだよ」
コウタの困惑した声にシオは首を傾げて私とソーマを交互に見る。
「えー、でもー、ソーマとレインのアラガミはたべたいっていってるよ?」
「……え?」
「っ、シオ、それはーー」
「ふざけるな!!」
我慢の限界と言うようにソーマが声を荒げて鋭い目をシオに注ぐ。
「ふざけるな……てめぇみたいな……バケモノと一緒にするんじゃねぇ!!」
「ソーマ」
「お、おい、ソーマ」
「……シオ……ずっとひとりだったよ」
背を向けるソーマにシオはぽつりと呟く。まるで伝えたい言葉を探すように。
「だれも、いなかった。だから、うーんと、だから、だから、ソーマとレインをみつけてうれしかった、みんなをみつけて、うれしかった。うーんと、だから、だから、えーと」
シオが心から一生懸命ソーマに伝えようとしていて胸が痛い。やっぱり私はこの子を嫌うことなんでできなかった。
「シオ……分かったから、分かったから、シオ」
「……レイン……?」
ゆっくりシオに近づいて白い髪に触れる。落ち着かせるように撫でると、私はソーマを見た。
「ねえ、ソーマ。……シオがバケモノなら、似た存在の私も、バケモノかな?」
「!!」
絶句するソーマに小さく苦笑すると、彼は後ずさりして逃げるように橋の方へと走っていく。
「レイン……レインが、バケモノって……」
困ったようなどうすればいいかわからないような表情で、コウタが話しかけてくる。
私は努めて笑顔になるようにコウタに振り返った。
「私とソーマの中にはね、アラガミがいるの」
「え……」
ああ、私は笑えているかな。
そうでないと、コウタに心配かけちゃうから。
「……なんでそんな笑顔なんだよ」
「コウタ?」
コウタに私とソーマの境遇を話すと、キッと私を見つめてきた。
「ソーマもレインも、ずっと独りで抱えてたんだろ」
「でも、私にはライナスやグレイがいたから、一人じゃないし、ソーマの方が!」
「だったら俺もレインを支える。ライナス室長やグレイみたいに。ソーマのことも支える! 俺たち……仲間だろ」
「コウタ……」
「泣きそうな笑顔向けられても、俺は嬉しくない……一人でかっこつけんなよ」
「……うん……そうだね。ありがとう…コウタ」
今までずっと、みんなにアラガミだと気付かれるのが怖かった。これだけは知られたくなかった。
でもそれはみんなを、仲間を本当の意味で信頼していなかったと同じだった。ずっとどこかで一線を引いて、踏み込まないでいた。
きっとそれは、ソーマも一緒。
「コウタ、私、ソーマの所に……」
「分かってる。行ってきていいぜ、シオは任せろ」
「レイン……」
「ごめんねシオ、ちょっとソーマを連れ戻しに行ってくるね。ソーマは単独行動常習犯だから」
コウタがニッと笑って頷く。
沈んだようなシオをコウタに頼んで、私はソーマが走って行った方へと向かった。
* * *
ずっと、アイツの言葉が頭から離れない。
『ねえ、ソーマ。……シオがバケモノなら、似た存在の私も、バケモノかな?』
廃れかけた大橋の瓦礫に座り込み、俯いた俺は惨めな存在だった。
あんな台詞をアイツに言わせたかった訳じゃない、アイツはバケモノなんかじゃない、バケモノは……俺一人で十分だった。
「情けねぇ……」
アイツの前で俺は逃げてばかりだ。
最初は俺に関わせないように、自分から距離を取っていた。だがアイツはズカズカと人の領域に踏み込んできて俺を引っ張ろうとした。ウザいと思っていたその行為が、いつの間にか当たり前な生活になっていったのはいつからか。
次第に俺はアイツが追いかけてくるのを期待していたんだ。
「ソーマ、みーつけた」
地面に影がさし、いつものアイツの声が降ってくる。
「迎えにきたよ、ソーマ」
俯いた顔を上げれば、笑顔のレインがいる。
真っ青な空を背景に俺の光が、笑った。
「……レイン」
「なに?」
こちらを見る顔がいつもの表情で、少しホッとする。
「さっきは、すまなかった」
「ああ、バケモノってやつ?」
「ああ」
「いいの、私も言い過ぎたし。あの言葉を肯定すれば私と同じソーマは、自分をバケモノだって認めるのも一緒だもん」
「榊のおっさんに聞いたのか?」
「うん……ソーマも、私のこと知ってたの? さっき驚いてなかったから」
「グレイに……聞いた」
「そっか、まったくグレイはお喋りなんだから」
苦笑するレインは誤算だったというように空を仰ぐ。
「ずっと、ソーマにだけは知られたくなかったんだ。だから榊博士にも釘を刺したのに、まさかグレイがバラすなんてね……軽蔑した?」
痛みを孕んだような瞳に黙って首を振れば、安心したように脱力している。
「よかったー、ソーマに嫌われたらどうしようかと思った」
嫌えるわけないだろ。
暗闇にいる俺を引っ張り出してくれるのは、お前だけだ。
「じゃ、帰ろっか。コウタとシオが待ってるよ」
差し出された手を見つめて逡巡すれば、いつも強引なレインが静かに待っている。
「……ああ」
ゆっくりと掴めば、思った以上に華奢な手に引っ張り上げられる。二人並んで歩きながら、掴んだ指はどちらとも離さない。
初めて名前を呼んだ日から気づいた感情。大切で失いたくないと思うこの気持ちは次第に俺の中で大きくなっている。
俺と同じように闇を抱えているはずの少女は、それを感じさせないように突き進んでいく。
まるで泥の中であがきながら、懸命に飛び立とうとする白鳥のように。
その姿があまりにも眩しくて、闇の中に落ちていく俺は、銀色の美しい光に焦がれてしまう。
俺は輝く光に、恋をしていた……。
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