11.この涙が枯れるまで
この手が届くなら、絶対に殉職者をださないと決めた。
少しでも多くアラガミを倒して、人々が安心して眠れる日を増やすと誓った。
極東で第一部隊のリーダーをしていた頃は、仲間を守るのに無我夢中になっていた。
だからこそクレイドルが作られた時は、アラガミに怯える人々を今度こそ助けたいと願った。
一人も死なせたくない。
大切な人の死をこれ以上見たくない。
でもそれは、私の目の届く範囲だけ。
どんなに手を伸ばしても、零れ落ちた命を繋ぎ止めることはできない……。
* * *
延々と石の階段を降りていた私とヒルメスは、最後の段を降りて目の前の扉を見上げた。
居心地の悪い空気が扉から流れ、ただならぬ雰囲気に尻込みしていると、ヒルメスが私を置いて中に入ってしまった。
「まっ!?」
バタンと、目の前で虚しく閉じられた扉に手を伸ばして項垂れる。
「……待ってろってことですか」
なら先に言ってくれればいいのに。
突然ヒルメスに「出るぞ」と言われ、説明されないままついてきた結果がこれだ。
「それにしても、なんなんだろここ」
木の扉をじっと見ていると、ひとりでに扉が開いた。
「えっ!?」
扉が開いたことにより、中の部屋が見える。まずメラメラと燃える炎がまず目につき、奥にある机の前でフードを被った老人が椅子に座っていた。老人の顔には仮面があり、口元が三日月のように笑っている。
「おぬしの連れにも是非聞いてもらわねばな」
「なんだと?」
部屋へ入ったすぐそこ、不気味なものが並んだ棚の横にいたヒルメスが振り返った。
「えっと……?」
首をかしげる私に、老人がケタケタと笑う。
「死んでいたと思っておったが、生きておったか。にしても変わらぬのう」
「は?」
「何度かおぬしには会うていたと思っていたが?」
「……他人の空似じゃないですか?」
全身黒ずくめで仮面を被った知り合いはヒルメスしか知らない。それともこの前に王宮で会ったあの地面から出てきた人だろうか?
「まあよい、用件はおぬしに会うことではないからな」
いいのかよと心の中でツッコミながら
老人の言葉を待つと、思いもよらないことを口にした。
「カーラーンが死んだ」
「…………え」
頭を鈍器で殴られたような衝撃に言葉が出ない。ヒルメスを見れば、仮面越しでも分かるほど目を見開いている。
「裏切り者の汚名を着たまま、野に屍を晒す羽目になるとは……哀れなことよ」
「う、嘘だ。だってカーラーンさんは必ず帰ってくるって! ねえヒルメス、すぐにカーラーンさんの所に!!」
「カーラーンの死因は?」
「っ、ヒルメス」
「アンドラゴラスの小せがれ……の一党にやられた」
「…………」
歯ぎしりする音が、聞こえた。
ヒルメスの目から憎悪を燃やしたような炎が見えてやっと理解する。ああ、カーラーンさんは本当に死んでしまったのだ……。
ふとヒルメスと目があい、瞬時に逸らされてしまう。私の胸にはぽっかりと、穴が穿たれたような虚無感が広がった。
「それとな銀仮面卿、おぬしに敵対する者が近くに来ておるようだぞ」
「俺に……? アンドラゴラスの小せがれか?」
「いや、違う。だがそれに近しい者のようだ」
「だ、誰なんですか?」
「そこまではわからぬ」
私が老人の言葉にがっかりしていると、ヒルメスは近くのテーブルに袋を無造作に置いた。
「まあいい、誰であれ退けるのみよ。これはいつもの礼だ」
袋の口から金貨がこぼれる。
「行くぞ」
「え、ちょっとまって!」
話は終わったとばかりに、ヒルメスが踵を返す。慌ててついていこうとすると、老人に引き止められた。
「おぬし、まだ名を聞いていなかったな」
「えっと、レインです」
「ふむ、それがおぬしの本当の名か」
老人がおかしそうに笑うのを薄気味悪く思いながら、私はヒルメスを追った。
あの老人の部屋から出て来てからずっとなにも喋ってない。あの老人は何者か、どうしてあそこに私を連れてきたのか、聞きたくても聞けない雰囲気だった。
やっと地上に出たと思えば、ヒルメスは何も言わずにぐんぐん先を行ってしまう。
「ねえヒルメス、これからどこ行くの?」
「……ギスカールの所だ」
「ギスカール公に? でもこっちは王宮じゃ……」
「あれを見ろ」
「……あれって」
ヒルメスが指差した場所を見れば、そこからもくもくと煙が上がっていた。
「どうして煙が!」
「焚書だ」
「ふんしょ?」
「パルスの書物を燃やしている」
「燃やす!? 貴重な物をなんで!」
「ボダンという狂信者の仕業だ」
「イアルダボート教……」
異教徒の物なら書物も燃やしてしまうのか……。イアルダボート教というよりも、狂ったように信奉するボダンという人物が酷く恐ろしく思えてくる。
しばらく煙を見ていると、ヒルメスが私の顔をじっと見ていた。
「……貴様は先に戻っていろ」
「え」
「そんな顔でついてこられても邪魔だ」
「え!? どんな顔!?」
思わず顔を両手で触る。
「知らん」
「ええ!?」
「チッ、うるさい」
まるで煩わしそうに舌打ちをしながら、彼の手が髪に触れる。
「っ!?」
驚いて思わず目を閉じると、指が目元を拭った。
「……へ?」
「泣きながら素っ頓狂な声をだすな」
その声は今までで一番優しい。
泣いていたつもりなんてなかったのに、私はいつのまにか泣いていて……ヒルメスの言葉でタカが外れたように、ぼたぼたと涙が溢れてきた。
「べ、別に泣いてないもん」
「魔道士の所ですでに泣いていた」
もしかしてヒルメスと目があった時のことだろうか。
「だって……だってヒルメス、カーラーンさんが死んだって聞かされても、平気そうだったじゃん!!」
だから私は、彼の前で泣いてはいけないと思って我慢していた。……本当はしきれていなかったけれど。
「平気などではない」
「そ、そうなの?」
「ああ」
「ううっ……だったら、今泣いても呆れない?」
「すでに呆れている」
「もおおお! ヒルメスのばかああああ!!」
泣きながらヒルメスの胸にタックルしてぼすぼすと胸を叩く。
カーラーンさんの死が私を追い詰めるように胸にささる。あの時ついていけばよかったと、後悔しか残らない。
叩くのをやめてぎゅっとヒルメスの胸に抱きつけば、驚いたように彼が体を硬くする。
「ごめんなさい……泣き止むまで、このままがいい」
「…………」
どうしてだろう、さっきまで胸にぽっかり穴が空いたように悲しいかったのに、ヒルメスに抱きついていると胸が温かくなってくる。
あとちょっと、もうちょっとだけ。
私はこの広い胸に顔を埋めた。
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