12.割れた仮面



 墨汁を垂らしたような一面の闇に、星が瞬いている。
 王都の街道から入り組んだ路地に足を踏み入れれば、路地から真っ直ぐ上に見える夜空に満月が見えた。

「……綺麗」

 思わず立ち止まって満月を見上げる。
 ヒルメスに泣きついた時のあの温もりがなんとなく恋しく思ってしまうほど、満月は冷たく光を放っていた。

 今ヒルメスは王弟ギスカール公の所に赴いている。私は彼と別れてエクバターナを散策しながら、焚書の煙がみえない所まで来ていた。

「ここなら大丈夫かな」

 だいぶ広場からは離れたためこちらからは煙は見えない。どうしても焚書を見たくない私は、ここまで逃げるしかなかった。

「さて、暇だな……」

 あたりを見渡せば人っ子ひとり影も見えない。住民はみんな家に引きこもっているのか、野次馬として広場にいるのだろうか。
 静まり返る世界に、私は自然と剣を鞘から抜いた。

 両手で軽く振り、正面で構える。
 空気がぴんと張り詰めた。

「ふっ」

 下から振り上げ、そのまま逆に振る。
 上段で構え直しそれを繰り返す。
 気持ちをまっさらにして、一振り一振り丁寧に振り、次第に早さを変えていく。

 久しぶりの素振りに無心に剣を振ってしまう。
 極東からこちらにきてから剣を振るう機会はいくらでもあった、でも人間同士の戦争に私は自分から人を殺す技を振るうことはできなかった。できたのは自分の身を守るために人に手をかけた、マルヤムのときだけ。
 今後もそれはできないかもしれない。でもせめて、ヒルメスを守りたい。
 もう大切な人を亡くしたくないから……。

(ヒルメスはいらないっていうかもしれないけどね)

 思わず笑うと、後ろの路地から視線を感じて腕を止めた。

「誰?」

 視線の方に振り返ると、そこに黒衣の男が佇んでいた。

「……レイン……か?」

「え?」

 男が驚いたように目深に被ったフードを手で払う。
 外気にさらされたその顔は忘れもしない、私を助けてくれたダリューンだった。

「まさか、ダリューン?」

「あ、ああ……。おぬしは剣も扱うのか、美しい素振り姿に見惚れてしまった」

「ありがとう、でも、なんでダリューンがここに……」

 ダリューンがゆっくりと距離を詰めようとする。思わず後ずさると、ダリューンの目が細められた。

「……それはこちらの台詞だ。何故、王都暮らしではないおぬしがルシタニアに陥落されたエクバターナにいる?」

「それ、は……」

「カーラーンの企みを何か知っているのか?」

 カーラーンさんの名前が出てきて頭が真っ白になる。カーラーンさんが何かを企てていたとダリューンが知っている。でもそれは私達しか知らないはずなのに。

「……まさか……」

 そうだ、カーラーンさんが最後に出て行った日、あの人は部下に何か怒鳴っていた。

『ダリューンもナルサスも尋常な男共ではない!! 心してあたれとあれほど言ったではないか!!』

 あの時カーラーンさんは、王太子を捕らえに行くと言っていた。まさかその王太子一行にダリューンがいた……?

「ダリューン……カーラーンさんに会ったの……?」

「…………」

「まさか、カーラーンさんが亡くなったのは」

「カーラーンと一騎討ちをして、俺が勝った」

「!!」

 ひゅっと息をのんで目を見開いた私はどんな顔をしているのだろうか。
 泣いているのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、憎んでいるのか。それすら分からなかった。

「あ……ああっ……」

 後ずさろうとして、距離を詰めたダリューンが力強い手で右腕を掴む。衝撃で手から剣が滑り落ちた。
 真正面から黒い瞳に見つられ、目をそらすことができない。

「カーラーンが仕えているのは一体何者だ?」

「っ…….」

 脳裏にヒルメスの顔がよぎる。
 カーラーンさんは一騎討ちをして倒されてもなお、ヒルメスのことを言わなかった。

「お願い、離して」

 ならば私もそれを貫くだけ。

「ダメだ。話さないというのなら、おぬしを連れて行く」

(なら、逃げるしかっ)

 左手を握りしめた時、氷のような冷たい声が降ってきた。

「小細工、ご苦労なことだな、しれ者が」

「!! 銀仮面卿!」

 振り返ると、銀色に光る満月を背にしたヒルメスが石壁の上から飛び降りる。
 満月と同じ色の剣が抜かれた。

「くっ!」

 ダリューンの手が私から離れて剣を抜く。
 剣を持った二人に挟まれたと思った瞬間、ヒルメスに守られるように肩を抱かれた。
 激しい剣撃が響きわたる。

「ぎ、銀仮面卿……ってうわっ!」

 一瞬ヒルメスと目があったと思ったらぺいと放り投げられた。

「い、いたい……」

 二人はもう私など視界に入れずに刃を撃ちあっている。激しく撃ちかわされる斬撃に互いの力が拮抗しているのが分かった。

「名を聞いておこうか」

 ヒルメスには珍しく、感嘆したような声が聞こえる。

「ダリューン」

「……こいつは傑作だ、あのヴァフリーズの甥か」

(ヴァフリーズ?)

「教えてやろう! アトロパテネで貴様の伯父を殺したのはこの俺だ! アンドラゴラスの飼い犬めがそれにふさわしい報いを受けたわ!!」

 アトロパテネという言葉に、あの時の戦を思い出す。
 ヒルメスがあの戦いで将を手をかけたのは、アンドラゴラス王を捕らえた時。あの老将を倒した時だ。

「……まさか、あの人が、ダリューンの伯父さん……?」

 私の呟きはヒルメスの笑い声に掻き消えた。

「貴様も死に様を伯父にならうか!?」

 ダリューンの目が怒りに燃える。
 鍔迫り合いが離れた時、ダリューンの長剣が素早くかつ大きく、斜めに振り下ろされた。

「銀仮面卿!!」

 渾身の一撃を顔面に受けたヒルメスから銀の仮面が落ちる。
 カランと地面に落ちたそれは真っ二つに割れていた。

「おおおおのれダリューン!!」

 激情が抑えきれないというように、ヒルメスがダリューンに斬りかかる。
 左腕で顔を隠すようなそぶりを見せるヒルメスに違和感を覚えると、私達以外の別の気配が動いたような気がした。
 ヒルメスは頭に血がのぼっているのか、ダリューンしか見えていないようで気づいていない。

「! あった!」

 地面に落ちていた剣を探し出し、拾い上げて駆け出す。
 ヒルメスがダリューンに一撃を与えようとした瞬間、横合いから別の人物が攻撃を仕掛けてきた。

「させないっ!」

 地を蹴って跳躍する。
 ヒルメスに向かった剣を上から叩くように弾いた。

「おっと」

 薄い金の髪が衝撃で翻り、男が笑った。
 その表情に思わずカチンとくる。地面に足がつくと同時に体をかがめ、男の胴目掛けて剣をなぎ払う。
 すぐに鍔迫り合いになるが、男は女の私に鍔迫り合いで負けると思っていないのか余裕の表情だ。

「おらっ!!」

 左足を軸に右足を回し蹴る。
 まさか女が回し蹴りをするとは思わなかったのか、男は驚いた顔をして後ろにかわした。

「っ、なかなかのじゃじゃ馬だな」

 頬に手を当ててそう言う男が剣をくるくると回す。かわしきれなかったのか、手が離れると頬が赤くなっているのが見えた。

「…………」

 突然の男の乱入に誰も何も言わない。
 殺伐とした空気に男が嘆息した。

「おいおい名前を聞いてくれないのか、こちらから名乗るのは気恥ずかしいではないか」

 と、言うことはヒルメスとダリューンが戦う最初から見ていたのか。

「……誰だ、道化者」

「気に食わぬ言い種だが、聞かれては名乗らざるをえまいな。我が名はナルサス、次のパルス王国の世に宮廷画家を務める身だ!!」

「宮廷画家?」

 かっこよく剣を構えてドヤ顔で言う男、ナルサスに思わず目が据わる。

「画聖マニの再来と心ある人は呼ぶ」

「誰が呼ぶか!!」

 ダリューンが戦いすら忘れてツッコミを入れている。

「ひ、じゃない。銀仮面卿、この人一発殴っていい?」

 人をじゃじゃ馬扱いするのが物凄く気に食わない!

「ほう、じゃじゃ馬娘を躾けるのは初めてだが、パルスの男として乗りこなしてみせようか」

「なにおう!?」

「まて、勝負は後日にお預けだ。今日は引き分けにしておこう。……こい馬鹿者」

 興が冷めたとでも言うような口調に、しぶしぶヒルメスの方に後退する。ちらりと彼を見れば剣を鞘におさめたヒルメスは未だに左腕で顔を隠していた。

「今日できることを明日に延ばす必要はないぞ!」

 ナルサスが挑発するように剣を振るう。 だが、ヒルメスはその言葉に乗ることはなく、私の腕を掴んで強く引いた。

「さらばだへぼ画家、今度会う時までに絵の腕を上げておけよ」

 ヒルメスに狭い小路に突き飛ばされ「走れ」と囁かれる。
 言われるままに走れば、後ろで樽や木材を蹴り倒したヒルメスがナルサス達の進路を阻んだ。

 隣に駆けてきたヒルメスが私を見る。
 左腕の隙間から顔の火傷が見えたけど何も言えない。

「……あの、ヒルメスーー」

「黙れ」

「はい……」

 私達はお互いに無言で王宮を目指すのだった。

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