13.怖くなんてないよ
「はあ……」
ボーっと、窓の手すりに肘をつきながら雲一つない青空を見上げる。
王宮の一室で見上げた空とはなんとなくおもむきが違うなと思うのは、ここがとある貴族の館だからだろうか。ギスカール公からこの館をもらった今、ヒルメスと私はここで生活していた。
「……ヒルメス、どうしているのかな」
一緒に生活をしているといっても、あのダリューンとナルサスとの一件からずっとさけられていた。あの日、銀の仮面が割れて素顔が晒されたのが原因だとは思う。たぶん私がヒルメスの火傷を見たから……。
トラウマというのは生涯消えない傷だ。私にも触れられたくないトラウマがあるように、ヒルメスにとってあの火傷は触れられたくない過去。
「そうわかってはいるけど……さ。でも、こんなのいやだよ」
ずっとヒルメスに会えないのがこんなにも辛いなんて……。
「ああああもう! こうなりゃ突撃だ!!」
へこんでる暇なんてない。あっちがこないならこちらから行くまで。
「よし思い立ったら吉日! いざ!!」
部屋から飛び出してヒルメスの自室に急ぐ。
角を曲がってよし目の前と思った時、食事の盆を持った召使いの女の人が先に部屋に入っていった。
(よっしゃここはヒルメスにお酌して機嫌を直してもら――)
がしゃんという大きな音が鳴る。
「どうしたの!?」
もしかして女の人がお盆を落としたのかと思って急いで部屋の中に足を踏み入れると、その場にへたり込んだ女の人がヒルメスを見て震えていた。
「ぁ……ぁぁ……」
女の人の目線の先、鏡台の前にいるのは素顔のままのヒルメスで……左手で覆っていても、彼の大きな火傷がこちらにも見えた。
「……醜いか」
怯える女の人にヒルメスがゆっくりと近寄る。
「それほど醜いか」
今にもその細首に手を掛けそうなほどびりびりとした殺気が室内を包む。
あの地下水道の出来事を思い出して、私は二人の間に割って入った。
「まって」
「……なんの真似だ……」
背中で女の人を隠しながらヒルメスの目を見つめる。
「今にもこの人を殺しそうだったから……お願い、許してあげて。ただびっくりしただけだと思う」
「……」
まるで昏い井戸のような目が私を見据える。目をそらしたら負けな気がしてじっと見つめ返すと、ふっと目をそらした。
「もうよい、行け」
その言葉に緊張の糸が切れたのか、背後の女の人が泣きながら逃げていった。
「貴様もいつまでここにいるつもりだ」
逃げない私に、ヒルメスがまるで邪魔者のように目を細める。そんな視線を感じながら、私はせっせと床に転がるお盆と杯を拾いあげる。あーあ、全部こぼれているや。
「別に私はヒルメスが怖いわけじゃないし、いなくなる必要ないよね」
「なんだと」
とりあえず果物が盛られていたお皿をお盆に戻して、テーブルに置いておく。さてこぼれたお酒はどうしたもんかと考えていると、ヒルメスに勢いよく突き飛ばされた。
「いっ!?」
背中を強くぶつけて床に倒れると、起き上がる前にヒルメスが覆いかぶさってくる。
まるで逃さないように右手首をぎりぎりと掴まれ、視界いっぱいに火傷が見えてしまうほど顔を近づけられる。
「これを見ても怖くないとほざくか」
声を荒げていないのに、その声は怒りの色を表していた。
(ああ、こんなにも、この人は……)
「怖いって言ったら、納得するの……?」
(自分自身が、怖いのか)
じっと見つめれば、ヒルメスの目が揺れた。
「怖くなんてないよ」
ゆっくりと左手で火傷に触れる。一瞬びくついたように身じろぎしながら、左手は振りほどかれない。
「大丈夫、私を信じて」
「なぜ……」
「そうだなー、見慣れているから、かな」
「……」
「私がいた世界は、もっと怖くて恐ろしい怪物がいたし、ヒルメスよりも酷い怪我をした人たちをいっぱい見てきたから……。だから、怖くないよ」
そう、アラガミの方がひどく醜くて、恐ろしい生き物。それに比べたら、ヒルメスはとても綺麗で、かっこいい。ああ私、主馬鹿になったかも。
「ね、信じてくれる?」
「……貴様は、大馬鹿者だ……」
大きく揺れた瞳が今にも泣きそうに見える。
私はそれに気づかなかったように「えー」っと、笑った。
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