16.伸ばした手
ダリューン達を取り逃がした私とザンデは、ひとまずヒルメスと合流するために川沿いに敷かれた天幕に向かった。
私が今までの成り行きを報告すると、静かに聞いていたヒルメスにザンデが平伏する。
「弁解しようもございませぬ殿下!!」
自分の失態だというザンデの額にはぐるりと白い包帯が巻かれている。私がに手当てしたそれを一瞥して、ヒルメスが口を開く。
「謝らずともよいザンデ。傷はどうだ、痛まぬか?」
「ありがたいお言葉でございますが、この程度の傷はものの数ではございません!」
かなり手酷くダリューンの剣で叩かれたと思ったが、持ち前の頑丈さに思わず隣で関心してしまう。
「それよりもダリューンめを取り逃がし……私は……私はっ……!」
「ザンデ、そう落ち込まなくても……」
「もうよいと言っておる、俺もナルサスを取り逃がした」
ヒルメスが身をかがめてザンデを慰めてる。私達と別行動をしていたヒルメスはナルサスを見つけたようで、王太子の居場所を問いただしても答えずに逃げられたという。
「奴らを追跡するにあたりおぬしの情報の正しさが証明されたではないか。引き続き期待しているぞ、ザンデ」
「殿下……」
ぽんと肩に手を置くヒルメスにザンデが感極まったように涙ぐんでいる。
「このザンデ、たとえダリューンのために手足を失おうと殿下のために奴の脳天を叩き割ってご覧にいれます!!」
「うむ、頼もしいな」
「あはは……」
やる気満々のザンデにこっちは苦笑がでる。また猪突猛進に突っ込まないでほしいな……と思っていると、ヒルメスの視線がこちらに動いた。
「レイン、おぬしは怪我などしていないだろうな」
「え、私? 私は全然大丈夫だよ!」
探るような目つきにあははーと笑って誤魔化しながら頬を触る。あの時女の人に攻撃された頬の傷はあっという間に治っていた。
「そうか……」
「あ、もしかして心配してくれてた?」
笑う私にヒルメスはぷいと顔をそらす。
「たわけ。足手まといにならぬか確認したまでだ」
「えへへ、そっか」
相変わらず素直じゃないヒルメスがなんか可愛い。
そんな他愛ないことをしていると、外から馬が駆けてくる蹄の音がして三人で顔を見合わせる。ヒルメスが天幕の布を広げると、ルシタニア兵がやってきた。
「誰だ」
「ギスカール公より伝令でございます」
馬から降りた兵士が大切に仕舞われていた巻物を広げて読み上げる。
「ギスカール公から銀仮面卿へ、至急エクバターナへ戻るようにとのこと!」
「王都に?」
「何用か?」
「それは伺ってはおりません。とにかく戻るようにと」
兵士の言葉にヒルメスがおし黙る。
ザンデにどうしたものかと視線を送ると、ヒルメスが仕方ないとばかりに息をついた。
「……ザンデ、俺は一度エクバターナに戻る。その間俺の代わりに兵の指揮を執り引き続きアルスラーンを追え」
「はっ!」
「レイン、ザンデを頼んだぞ」
「はい」
一瞬だけヒルメスと視線が交わる。私が大きく頷くと、満足したようにヒルメスは伝令の兵士と共に馬へと向かい、エクバターナへと戻って行った。
「レイン、出るぞ!」
「え、直ぐに?」
ヒルメスを見送ったザンデが鼻息荒くマントを翻す。
「殿下の御為かならずアルスラーンを捕え、父上の仇を討つ。あいつらが合流する間にな!」
急げと兵士達を集めて出立の準備をする。
こうしてヒルメスがいない中、私達は王太子一行へと向かったのだった。
* * *
深い山間部を目指した私達ザンデ軍は、吐く息が白くなるほど冷えた場所でダリューンと黒髪の女性を見つけた。
数日間山を駆けている二人には疲労の色が見える。しかもこの山を越えればペシャワールという思いが心を急がせているのか、二人の吐く息が荒い。
移動しながらもたっぷりと休みをとっていたザンデは、余裕の表情で先行する兵士の波を掻き分ける。
「そいつは俺に譲れ!!」
「ちょ、また!?」
私が止める間もなくザンデがダリューン達の前に立ちはだかる。
ここは馬が二騎並んでは通れない山道のため止めようにも前の兵士が邪魔で通れない。あの弓を扱う女性の足止めだけはしないと、と思うとあちらは呆れたように溜息をついていた。
「たいした執念じゃ。だが、付き合う方はちと疲れるな」
「俺が相手をする。カーヒーナ殿は見物していればよい」
ダリューンは女神官(カーヒーナ)と呼んだ女性の前に馬を進める。その姿を見たザンデもこちらを見て、手出しするなと目で語った。
一対一のザンデとダリューンが相対する。
「ダリューン! 今日こそ貴様の首を取って、天界にある父に褒めてもらうぞ!!」
「親孝行で結構なことだ。だが、俺の方は別におぬしと戦いたいとも思わぬ」
「貴様は父の仇だ!!」
「否定はせぬが、おぬしの父上と俺とは正々堂々戦って勝敗を決したのだ。それも元々おぬしの父上がパルスの万騎長でありながら、ルシタニアの手先になって国を売ったがゆえ。子として父の愚行をこそ恥じるべきではないのか?」
ダリューンの言葉に思わず歯噛みする。
そう、パルス人から見ればカーラーンさんや私達はルシタニアに与して国を陥れた張本人達なんだ。
でも、必死にヒルメスに尽くしたカーラーンさんを悪く言われたくない。私よりもきっとそれが強いザンデは、目を見開いて怒号をあげた。
「俺の父がルシタニアの手先になったと!? 父や俺はパルスに正統の王位を回復するため、あえていっ時ルシタニアに膝を屈する、その真似事をしただけのこと!!」
ザンデの言葉に周囲のルシタニア兵がざわつく。
「ザンデ、それ以上は−−」
カーラーンさんを愚弄されて熱くなっていた頭が冷えていく。流石にそれ以上ヒルメスの情報を与えてはいけないとザンデを止めようと声をあげても全然聞いていない。
「いずれ時がくれば貴様と俺のどちらが王家の真の忠臣であるか判明するわ!!」
「……正統の王位とはどういう意味だ」
こればかりはダリューンも女神官も黙ってはいられなくなったのか、じっとザンデを睨みつける。
「知りたいか? ならば俺と戦え!! 貴様が勝てばすべて教えてやる!!!」
「では遠慮なく教えてもらうとしよう」
ああ、やってしまったと私が天を仰ぐと、強い衝撃音があたりに鳴り響く。
たった一撃でザンデの兜が宙を舞い、馬が逃げるように駆け去って行く。一人吹っ飛ばされて地面に尻をついたザンデが、呆然とした顔をしている。
「まったくもう!!」
馬から跳び上がって地面に着地する。
「見苦しいぞザンデ! 前言を忘れたか!!」
往生際悪く剣を向けるザンデにダリューンが声を荒げ、女神官が弓を引く。
すかさずザンデの前に駆けて剣で矢を払った。
「っ、レイン!」
「ごめんねうちの子が暴れちゃって。さっきの言葉は忘れてほしいなっ!!」
ダリューンと真っ向から対面して地を蹴る。
剣同士が激しくぶつかり、ダリューンがたじろいだ。
「ザンデ! 退くよ!!」
ダリューンの気をひきながらザンデをちらりと見れば後ろで退こうとするのが見える。逃げようとするザンデにダリューンが追おうとして剣で止める。
「ダリューンは私が相手だよ」
とんと宙を舞えば、ダリューンが目を見開いた。剣を振り上げて真上から落とす。
ぎちぎちと剣がぶつかり合い、力で払い投げようとするダリューンの剣から流れるように宙を一回転する。
一度乗ったことすらある黒馬の頭部分に片手をついて、体をひねって思い切り蹴りをダリューンの顔を目掛けてお見舞いした。
「ぐうっ!」
「ぐおおおおおっ!!」
ダリューンが呻くのと同時にザンデの叫びが聞こえる。蹴った反動で地面に着地して振り向くと、ザンデの背に女神官の矢に当たっていて、一瞬よろめいた後に崖下に落ちた。
「ザンデ!!」
「ザンデ様ーー!!」
「くっ、みんなザンデを助けて!!」
私の言葉に兵士達が崖から落ちたザンデを追って行く。
「……やっば……」
残ったルシタニア兵やザンデの兵は一人もいない。ダリューンの強さはもちろん、女神官の矢に恐れた兵士達はこれ幸いと全員逃げていってしまった。
「……レイン、先程のザンデの言葉の意味を教えてもらおうか」
馬上からダリューンが剣を突きつけてくる。
なんとか取り残された自分の馬に戻らなければと足を後ろにずらす。剣を構えたまま後方に跳ぼうと足を踏み込んだ時、一本の矢が足元に刺さり続けて二、三と矢が地に穿たれる。
「っ!」
はねるように跳び退けば、背中が岩にぶつかり最後の一矢が衣服の裾を壁に縫い付けた。
「!!!」
目を見開いた瞬間、振り上げたダリューンの剣が視界いっぱいに入る。
「うぐっ!!!」
剣の柄で思い切り腹部を殴打され体が傾ぐ。
(ヒル……メス……)
手が何かを掴もうもう伸ばして空を掻く。
ヒルメスの横顔を思い描いた後、ぷつりと私の視界は暗闇に落ちた。
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