17.恋しいのは銀の貴方



「…………んっ」

 瞼を開ければズキズキと腹部が痛い。
 青空を見上げた後に自分の体に視線を落とすと、縄で堅く拘束されていた。

「いっ……」

 体を捻るが草地に転がされていてうまく起き上がることができない。周囲を見渡せばダリューン達と対峙した場所から遠く離れていて、岩だらけの場所ではなく草木の生い茂る場所に寝かされていた。

「起きたか」

 後ろから女性の声がしたかと思うと、不意に体を起こされて地面に座るように動かされる。
 目の前に黒髪がはらりと落ちて、ダリューンと共にいた女神官がこちらにまわった。

「貴女……」

「ジン達が騒いでおる」

「え……」

「精霊じゃ」

 黒水晶のような瞳がじっと私を見つめる。

「おぬしが神を喰らう、人ならざる者だと」

「っ……!」

 女神官の白くて華奢な指先が私の頬を撫でた。そこはこの前に矢が掠って傷がついた場所。真っさらに消えた傷を見ても女神官は怯えるでもなく恐れもしないで、ただ見つめていた。

「おぬしは何故銀仮面なる者の側におる。……パルスの神々を喰らうというのか?」

「違う……私は……この国の神様なんてしらない……」

 ゴッドイーターは荒ぶる神、私達の世界のアラガミを倒す存在。この世界の神なんて関係ない。でも、人ならざる者と言われて私が正気でいられるわけがなかった。

「私……私は……」

 そう、私は人ならざるアラガミの因子を宿して生まれた。人間ではない半アラガミ。
 反射神経も、戦闘能力も、治癒能力さえも人とは異なる。だからこそゴッドイーターになって、人間からアラガミを守らないといけないと思っていた。

 私は純粋な人間ではないかもしれないけれど、誰かの助けになりたかった。だからあの時"私"を拾ってくれたヒルメスの助けになりたいと思っていた。

「ただ、あの人の役に立ちたいだけ……」

 神に仕える女神官の言葉が胸に刺さる。全く異なる世界の者が何故この世界にいるのかと、問いかけられているような気がした。

 ふと、女神官の後方から数人の声が聞こえてきた。顔を上げた私に彼女も気がついたのか、後ろを振り返る。

「殿下、こちらにザンデと共にいた銀仮面一派の者を捕らえております」

 草を踏む音が近くで鳴り、二人の男と二人の少年が現れた。

「え……」

 銀髪の少年と目が合って互いに言葉を無くす。

 傍にいるのはダリューンと、確か王宮の地下水路で出会ったギーヴという男。そして見たことのない少年。
 銀髪の少年が目を見開いて私をまじまじと見た。

「おぬし……は、あの時の……」

「殿下、レインを知っていたのですか」

 ダリューンの殿下というセリフに私の脳が停止する。

「殿下って……君……まさか……」

 王都で出会い、一緒に林檎を食べた銀髪の少年。
 上質な衣服を纏っていたからどこかの貴族かと思っていた。だが殿下と呼ばれるのはヒルメスの他にただ一人。

「……アルスラーン……王太子……?」

 カーラーンさんが、ヒルメスが、ザンデが捜していたアンドラゴラス王の息子。パルスの王位継承権を持つ王子。

「ああ……私が、王太子アルスラーンだ」

 ずっとヒルメス達から逃げてボロボロの少年が、悲しそうにまつげを伏せた。

「なん……で……」

 何かを喋ろうとして、言葉が震える。
 王都であんなに奴隷のコトを真剣に考えていた少年の顔が蘇ってきた。

『レイン、また会おう!』

 最後に見たのは笑顔の彼だった。

「こんな形で再会したくはなかった……」

 少年の言葉が胸をえぐる。
 俯く王太子にダリューンが静かに口を開いた。

「殿下、レインに銀仮面について尋問しようと思いましたが……この状態では無理でしょう。まずはナルサスを捜し出し、ペシャワールへ向かうべきかと」

「……うん。そうだな」

「私がナルサスを捜してきますゆえ、殿下は一足先にペシャワールへお向かいください」

 ダリューンの言葉に後ろにいたもう一人の少年が声を上げた。

「ダリューン様、私もナルサス様を捜しに行きます!」

「では俺と二人で行くか」

「私もナルサスを捜しに……」

「殿下にそのような危険な真似をしていただくのはナルサスの本意ではございますまい。お気持ちだけで充分でございます」

 それに、とダリューンがこちらを一瞥する。

「銀仮面がレインを連れ戻しにくる可能性があります。それより先にペシャワールに向かわなければ、かの者の情報が得られませぬ」

「なら彼女は俺の馬に同乗させよう。なにせ王宮の地下水路で出会った仲だからな」

 にやりと笑ったギーヴが近寄ってきて私を立たせる。「またお会いしましたな」と囁かれて思わず顔をそらした。なんで彼とも再会してしまうのか……。

 では決まりだなと、ダリューンが馬に乗り王太子にエラムと呼ばれた少年が後に続く。

 そして王太子と女神官が別の道に馬を走らせ、ギーヴの馬の後ろに乗せられた私はさらに縄で彼に繋がれるように拘束された。

「あの時の言葉が現実になったな」

 私の前で馬の手綱を握るギーヴがいじわるく笑う。
 そういえば地下水路で『次に会ったら銀仮面のもとからさらってみせよう』とかなんとか言われた気がする。

「っ……ほんともう……なんでこうなったの……」

 ぼすっとギーヴの背中に頭をぶつけて唸る。
 少年と再会してえぐられた心が痛くて、とてつもなくヒルメスが恋しい。

 またあの広い胸に抱きつきたい。

 いつエクバターナから帰ってくるのだろうかと考えながら、私は心の中でヒルメス会いたいと呟いた。

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