18.裏切ることのない思い



 ダリューンに捕らえられ、王太子と一緒にペシャワールに向かっている最中、私を縛って馬を駆っているギーヴがこちらをちらりと見た。

「もうそろそろペシャワールらしいが、つく前に銀仮面の事を喋ったらどうだ? 牢に入れられればむごたらしく拷問される」

「絶対にあの人のことは喋らないから、どこで何されても意味ない」

「ふぅん、拷問が怖くないのか?」

「怖くは、ないよ……」

 怖いのは、拷問されて傷つけられた体が直ぐに癒えて、バケモノ扱いされる方だ。俯く私に強がっているのかと判断したギーヴがなら、と話を変える。

「なんでアンタはあの銀仮面と一緒にいるんだ」

「私もそれは知りたい」

 その言葉に後ろを走っていた王太子が轡を並べてくる。少年の真っ直ぐな瞳に気おされて目をそらしながら私は呟いた。

「……私はこの国の人間じゃなくて……ずっと東のほうから来て……。不慣れな私を助けてくれたのが……あの人だった……」

 違う世界から来たといってもどうせ信じてくれないだろう。遠く東から来たと言う私にギーヴが絹の国かと問うてくる。

「もっとずっと東、極東の地……。この国にきてはじめての日、右も左もわからない私に手を差し伸べてくれたのがあの人だから、私は恩返しがしたいと思った」

「……そうだったのか……」

「だから、私はあの人が何をしたいかを知っていても決して君たちには言えない。あの人のことは裏切れないから」

 たとえそれが王太子を破滅させるかもしれないことだとしても、私はヒルメスを裏切ることはできない。

 王太子を見れば夜空の瞳を揺らしながら手綱を握っている。それを黙って見るしかできない私は眼前に見えてきた川を見た。どうやらこの川を渡ればもうペシャワールは目と鼻の先らしい。
 どこか橋がないかとギーヴ達が辺りを見渡すと、すでに橋は落とされていた。

(もしかしてザンデ……?)

 ペシャワール城に入らせないように、先に橋を落としたということはどうやらザンデは無事らしい。ギーヴ達に知られないようにホッと息を吐くと、彼らはどこか別に橋がないかと探しはじめた。

「どうやら、周囲三ファルサングは橋がないとのことじゃ」

 近くの住民に声をかけてみても川を渡れる橋はあの落とされた橋だけだという。辺りを探して三人とも疲弊してきているのが分かる。

 私は堅く縛られた縄を見つめて、どこで逃げられないかと考えるが、武器一つなにもない状態で逃げられるかどうかが問題だった。
 ギーヴがファランギースと呼んでいた女神官に剣のありかを聞けば、私を捕らえた時にダリューンが持って行ってしまったらしい。

(ザンデ達が襲ってきた時に隙をついて逃げられれば……)

 その隙をどうつくるか思案していると、前方から騎馬が見えてきた。

「ナルサス!!」

 王太子が騎馬のうちの一人の顔を見て目を輝かせる。そこには王都で剣を交えた自称画家のナルサスだった。
 彼を捜しに別行動したダリューンと茶髪の少年も側に見える。

「ナルサス、よく無事でいてくれた……!」

「おお……殿下!」

 万感の思いで両手を握り交わして互いに安心を喜び合っている。そしてナルサスは傍にいた少女を王太子に紹介した。

 アルフリードという少女はゾット族の娘であり、訳あってナルサスと同行していたらしい。活発そうな少女は王太子の前で慌てたようにしおらしくなり、恐る恐る握手している。

「して、この者は確か、王都で銀仮面と共にいた……」

 ナルサスの視線が私に向けられる。ダリューンがザンデと共に襲ってきた時に捕まえたと言うと、彼は満足そうに頷いた。

「ならば尚更早くペシャワール城に入らねばなりません。自身の情報を知るこの者を銀仮面は放ってはおかないでしょう」

「だがペシャワールへの橋が落とされているんだ」

 王太子の言葉にファランギースがこの周囲に橋はもうないと言う。仕方なく一行は馬でも川を渡れてる浅瀬を探して下流へと向かうこととなった。

「あったよ浅瀬!」

 先に進んでいたアルフリードが浅瀬を見つけて渡ろうとするその時、ナルサスが伏兵を見つけた。

「いたぞアルスラーンだ!!」

 ルシタニア兵が大挙として浅瀬へと雪崩れ込む。その中を突っ切るように兵を斬り伏せながらダリューンが道を開くと、見慣れた顔が眼前に見えた。

「アルスラーンは生かして捕らえろ! レイン以外は殺せ!!」

 配下を従えたザンデが剣を抜いてダリューン目掛けて突っ込む。

「ザンデ!」

 やっと現れた援軍に私が身をよじると、それに気がついたギーヴが繋がれた縄を思いきり引いて彼の背中に倒れこんだ。

「ぐっ」

「おっと動くなよ。落馬して助けてもらおうとはしないことだ」

 ギーヴが手綱と縄をうまく持ちながら、襲ってきたルシタニア兵とザンデの兵を斬り捨てていく。

「っ、誰か!!」

「レイン様!」

 ザンデ兵の一人が私とギーヴを繋いだ縄を斬ろうと剣を振り上げる。やっと解放されると思ったその時、ルシタニア兵が叫びを上げ無数の軍馬の駆ける音が鳴り響いた。

「双刀将軍キシュワードだ!!」

「逃げろーー!!」

「なっ!?」

 ルシタニア兵の叫びにザンデの兵が怯み、ギーヴにその隙をつかれて斬られる。倒れた兵のその先、幾多の兵を引き連れた一人の男が高らかと声を発するのが見えた。

「王太子殿下を守り参らせよ!! ヤシャスィーン!!!」

 男が双剣を抜いた瞬間、パルス兵がルシタニア兵を呑み込むように地響きを上げて突撃してきた。

「どうやら女神の微笑みは我らに向けられたようだ」

 ギーヴがにやりと笑って馬をとばす。
 パルス兵に恐れをなしたルシタニア兵達が逃げていき、ザンデが歯噛みをしてこちらを見た。

「くそ、覚えておれダリューン。レイン、必ず助けに行くからな!!」

 そう言い残して、多勢に無勢なザンデ達が逃げて行く。


 こうして突然のペシャワールからの援軍に助けられた王太子達は、無事に城へと入城して家臣達に迎えられた。

 喜び溢れる城内に、私以外の皆がホッとしたように笑いあっている。
 ギーヴが私を馬からおろすと、城内から誰かが現れた。

「バフマン!」

 城の広場に王太子を出迎えた老将が跪いて礼をとる。

「……王太子……殿下……」

「久しぶりだバフマン! 変わりないか?」

「は、はいっ……よくぞご無事で……」

 複雑そうに俯いた老将に王太子が不思議そうに見つめる。
 お疲れでしょうと、王太子達を中に案内しようと老将が立ち上がった時、ふと後方で縄に繋がれていた私と目が合った。

「な……この者は……」

 老将が幽霊でも見たかのように動揺してこちらを見てくる。
 ナルサスが、王太子を付け狙う首魁を知る人物を捕らえたと言うと、老将は何も言わずに頭を振って案内を再開した。


「お前はこの中だ!!」

 ギーヴからパルス兵に私が委ねられ、地下牢へと放りこまれる。

「うわっ!」

 硬い床に手をつくと、狭い牢の中に錠が掛かる音が響いた。振り返るとパルス兵はどこかへと消えてしまっている。

「っ……」

 体を拘束していた縄は解かれていたけれど、私は倒れた体を起き上がらせることしかできなかった。

 地面についた銀の髪を払って天井を見上げる。

「……どうするか……」

 どうやってこの錠の掛かった牢から抜け出して、兵士に見つからずに逃げればいいのか……。
 長い溜息をつきながらうなだれるしかなかった。

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