20.零れ落ちた銀色



「さーて、どうやって脱出するものか」

 鉄格子を指でなぞりながらあたりを見回す。
 静寂に包まれた牢の中からは階段しか見えない。見張りはこの上にいるのだろうか、何か聞こえないかと聞き耳を立てようとした時、ゆっくりと階段を降りてくる音がした。

(誰……? まさかまたアルスラーン?)

 ゆらりと影が動くのが見えたかと思うと、一人の老人が現れた。確かこの城に着いた時に王太子を迎えていた老将で、私を見て酷く動揺していたのを思い出す。

「こんな所に、なんの用」

 まさかもう拷問が決まってしまったのか。明日行うと言っていたのに予定でも変えたのか……。

「……本当に、驚くほど変わっておらぬではないか……」

「え……?」

 柵越しにじっと私を見つめる老将の瞳が一瞬揺らぐ。

「見間違いかとおもうたが、この剣と、何より先ほど相対したお方の事を思えば錯覚でなないのだろう……」

「っ、その剣は!!」

 老将が持ち上げた剣の鞘が壁の松明に照らされて光る。
 ヒルメスから貰った剣はダリューンを経てこの人物に渡っていたのか。両手で柵を掴む私に、老将はおもむろに鍵を取り出すと牢の錠を開けた。

「なんで……」

「この剣で殿下を守ってほしい」

 殿下と呼ばれる人物は王太子であるアルスラーンしかいない。でもそのアルスラーンが捕らえた人物に守ってほしいと言うのか。他に考えられるのは、この国ではすでに亡くなったと言われている王子−−。

「まさか貴方、ヒルメスを……」

「儂は殿下をお守りすることがかなわなかった」

 目を伏せてずいと剣を私に差し出す。
 手にした剣がずっしりと重たい。少ししか離れていなかった筈なのに、とても待たせてしまったような気がした。

「見張りは全員下がらせた。早くゆくがよい」

「でも、私を逃せば貴方は……」

「良い、腹痛を訴えたおぬしに油断して牢を破られたとでも言おう」

「……ありがとう」

 老将の目を見つめ頷きあう。
 ヒルメスとどういう関係だったのか、どうして私を知っているような口ぶりなのか、問いただしたいことは山ほどあるけれど、この機を逃したら次にいつ逃げられるかわからない。
 後ろ髪を引かれる思いで老将と別れ、長い階段を上がれば、何やらあたりが騒々しい。

「これはさっさとおいとましないといけないみたい」

 騒がしい方向から背を向けようとした時、兵士の声が耳に入った。

「見張りが殺されている! 侵入者だ! 王太子殿下をお探ししろ!!」

「侵入者ってまさか……」

 ヒルメスの顔が浮かび、兵がいる方向を見据える。ヒルメスという確証はないけれど、もしも私を迎えに来てくれているのなら向かわないわけがない。

「って、にやけてどうするの私!」

 こんな場所に乗り込んでくるなんて危険だと頭では分かっていても、私のためかもしれないと思うと顔が緩んでしまう。本人に言ったら絶対どやされるけれど。

「こうなりゃ行くしかないか!」

 声のする方に走り兵士が私に気づく前に気絶させる。廊下を全力疾走していると、微かに「東の城壁」という単語が聞こえてきた。
 声がしたほうに廊下を曲がる。と、そこには兵士と話しているダリューンとばったり出くわしてしまった。

「あ」

「なっ、レイン!?」

「やっば!!」

 ダリューンと目が合ったかと思った瞬間、大きな手がこちらに伸びてくる。なんとかそれをかわして後ろに退き、すぐに床を蹴った。
 ダリューンの横にいた兵士の肩を足場にしてひらりと頭上を越す。軽々と着地して脱兎の如く逃げれば、後ろからダリューンが追いかけてきていた。

「待て、レイン!!」

「牢屋にぶち込まれるぐらいなら逃げるに決まってるでしょ!!」

 ダリューンとの追いかけっこに城の兵士達が加わろうとするが、物凄い速さで駆けて行く私に追いつけないでいる。のに。

「なんで追いついてくるの!?」

 眉間にシワを寄せながらもダリューンは私に食らいついてくる。身体強化された神機使いについてこられるとかどんな体しているの!?

 時には階段を駆け上がりダリューンを引き離そうとしても、それでも追いかけてくる。
 最悪このままだと城内に詳しくない私が追い詰められてしまう。
 とにかく城壁の上にでる場所を探しながら走っていると、風にのって聞き慣れた声が耳に入った。

『思い知れ、アンドラゴラスの小倅!!』

(ヒルメスの声、近い!!)

 声のした方へ走り階段を跳ぶように駆け上がる。

 ひやりとした夜風が顔を撫でた。

 城壁の上に出るとヒルメスがアルスラーンと対峙しているのが見えた。

「銀仮面卿?」

 さっきの声でヒルメスがアルスラーンを追い詰めていると思っていたが、ヒルメスは王太子の持っている物を見てたじろいでいる。それが赤々と燃える松明の炎だと気がつくと、横合いから腕を掴まれた。

「おいおい、まさか牢から抜け出すとは、どこまでお転婆なんだ?」

「っ、貴方!」

 赤紫色の髪が揺れ、紺色の目を片方瞑ったギーヴが腕を引いて流れる手つきで腰に手を回す。

 私に遅れて階段を駆け上がってきたダリューンが、ギーヴに拘束された私を見た後にヒルメスを見つけて殺気が膨れ上がった。

「殿下!!」

「銀仮面卿っ!!」

 強い力で拘束されている間にヒルメスは王太子の仲間に挟まれ、二刀を持った男に剣を突きつけられていた。

「この男は俺に譲ってもらおう。双刀将軍ターヒールキシュワードの城を侵す者はキシュワードの手で討ち果たす」

 歯ぎしりしたヒルメスがナルサスに庇われたアルスラーンを一瞥し、剣を一振りする。

「全員まとめてかかってくるがいい。でもないかぎり、貴様らごときに俺が倒されるものか」

「虚勢にしてもよくほざいた。その大言壮語に免じて、苦しまずに殺してくれよう」

 キシュワードが双刀を構える。
 なんとかギーヴの腕から逃れようと身をよじると、向かい側から老いた叫びが上がった。

「いかんその方を殺してはならぬ!!」

 急いでここまで走ってきたのか、ゼエゼエと息を吐いて、あの老将が声を上げた。

「その方を殺せばパルス王家の正統の血は絶えてしまうぞ! 殺してはならぬ!!」

 その絶叫にすべての空気が凍りついた。
 パルスの正統の血ということは、ヒルメスがパルス王家に連なる者ということをこの場の全員に知らしめる言葉であった。

 一瞬、そのたった一瞬の隙をヒルメスは見逃さなかった。
 外套が翻り、銀色の長剣が月の光に照らされる。その剣の切っ先はアルスラーンに向かっていた。

「駄目っ!!」

「お、おいっ!」

 ギーヴを突き飛ばして走る。
 結わえた銀の髪が夜風に舞い上がり、ギーヴが咄嗟にそれを掴むと私は躊躇なくそれに剣を振りおろした。

「!!!」

 ギーヴが目を見開き、その視線の先にはらはらと銀色が零れ落ちる。
 結わえていた赤い紐が風にさらわれた。

 ばっさりと自分で切り落とした髪が肩口で揺れるのを感じながら、私は構わずに石畳みを跳んだ。


 お願い。
(彼の心に触れてしまったから)

 彼だけは。
(他人の痛みを自分のことのように感じれる子だから)

 殺さないで!!
(あの王都での笑顔をまた見たいと思ってしまったから!!)


「レイン!!!」

 ごふっ、と血が私の口から溢れる。
 アルスラーンの前に立った私の体はヒルメスの剣に貫かれていた。

「……なっ……き、さま……」

 鈍く光る仮面の奥が青ざめる。

「ごめ……でも……この子を……アルスラーンを……殺さな、いで……」

「何故……レイン……おぬしが……」

 後ろのアルスラーンが呆然と呟く。
 ヒルメスは何が起こったのか分からないというように、ただ私を見つめていた。

「だって、きみ……私を助けようと、して、くれたから…………今度は私が、助けないと……ね……」

 無理をして頭だけ後ろに振り返れば、泣きそうな顔の王子様がそこにいた。

「ほら、泣かないの………」

 小さく笑いかけ、今度はヒルメスの手に自分の手を重ねる。

「! 貴様っ、やめろレイン!!」

 ヒルメスの狼狽える声に構わず、無理矢理剣を引き抜く。
 血が吹き出し、ぼたぼたと地面に飛び散っていく。

「っ、く……大丈夫……私は、死なないから」

 それでも一気に血を失い目の奥がちかちかする。
 気を抜けば意識が落ちるかもしれない中、私はヒルメスの腕を掴んで引っ張った。

「なっ!?」

「助けに来てくれてありがとう、ヒルメス。もう、帰ろう」

 彼だけにしか聞こえない囁きでそう言えば、ヒルメスは押し黙ってされるがままになる。

「ばいばい、アルスラーン」

 最後にそうアルスラーンに声をかければ、全員驚いたように夜空を見上げた。

 闇に隠れるように、私とヒルメスは城壁の外に踊り出て、濠へと落ちていく。


(ああ、ヒルメス、怒るかな)

 温かくて、大きな手に抱きしめられながら私の意識は白の底へと落ちていった。

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