23.伝えたいこと、伝えられないこと
「……ここ、どこ……」
ヒルメス王子から勉学のためにと巻物をいくつか持ってきてほしいと言われて早一時間。慣れない王宮に私は絶賛迷子になっていた。
キョロキョロと廊下を見渡してもどこから来たのかすらわからなくなった状態。
これなら王子付きの宮女の先輩について来てもらうんだったと後悔しながら、あてもなく彷徨う。
「うう……ヒルメスぅ……」
いつも迷子になりそうになると見つけてくれるヒルメスは今はいない。というかそのヒルメスは今は十歳の少年だ。可愛い顔をして結構無茶ぶりをしてくる。
「この前も一緒に城下にお忍びに行こうって連れ出される所だったし……」
バフマンさんが止めてくれなかったらきっと押し切られて一緒に行っていた気がする。
あんな可愛い顔で袖を引かれたらほいほいついて行っちゃう魔性の魅力がヒルメス少年にはあると思う。
絶対大人ヒルメスには言わないけど。
「ああ〜これは誰か人を探さないと」
唸りながら廊下を進んで行くと、複数の男の人の掛け声が聞こえてきて、角を曲がった先のひらけた場所でパルス兵が訓練を行っていた。
「嘘……」
その先に見えるのは、見知った人の顔。
でも、その人は私が知るよりもずっと若い姿だった。
「……カーラーン……さ……ん」
二十歳後半か三十歳前半ぐらいのカーラーンさんが兵の訓練の指示を出している。
万騎長か、その下の位なのだろうか、的確に指示を出しては兵士の動きを観察している。
「っ……」
今にも抱きつきたい衝動に駆られて頭を振った。彼は過去の人だ。自分の事など知らないし、未来を教えてはいけない人。
きっと今会ってはいけない。
(会ったら全部話したくなる)
カーラーンさんを見ないように視線を外す。来た道を戻ろうと後ろに向こうとして、なにか大きなものにぶつかった。
「うわっ!?」
「っと、すまぬ」
後ろから歩いてきた人と盛大にぶつかり尻餅をつく。顔を上げると、カーラーンさんと同い年かその下ぐらいの男の人が私に手を差し伸べた。
「大丈夫か」
「は、はい。すみません、人がいるとは思ってなくて……」
「いや、俺もよく前を見ていなかったのが悪い。……その、カーラーンのことを見ていたようだが、なにか用か」
「うえ!? い、いえ! 見ていません! 気のせいかと!!!!」
必死に否定する私に男の人が首を傾げる。
「そうか、俺の気のせいだったか」
「じゃ、私はこれで」
「サームではないか、待っていたぞ!」
逃げようとする私の耳にカーラーンさんの声が聞こえる。目の前の男の人と私に気がついたのか、こちらに近づいてきた。
(ちょ、ちょっとまってまだ心の準備が!!!)
背を向けたままの私は振り返ることが出来ない。見たら絶対泣く自信があったからだ。
「む? この
女性は――」
「ひ、ヒルメス王子の側仕えでございますっ! 道に迷っていただけなのでお構いなく!!」
「そ、そうか」
素早くサームと呼ばれた人の後ろに隠れた私に、カーラーンさんが変な人を見るような目で見る。
サームさんも何か言いたげだが、ひしっと彼のマントを掴んで離さない私に言葉もない。仕方ないと言うように、一つ頷いて話を合わせてくれた。
「この者が道に迷っていたのを見かけたので声を掛けたのだ。少し案内してくるから、模擬戦はこの後でも良いか」
「あ、ああ。そういえば最近ヒルメス殿下の側仕えに新入りが入ってきたと耳にしたが、この者か。この広大な王宮はまさに迷宮だろう、存分に案内してこい」
決して顔を上げない私にカーラーンさんが少し不審そうに見る。人の顔も見ようとしない無作法者と思っただろうか、きっとそれがいい。この人には変な宮女と避けてもらえれば……。
じゃあと元の場所に戻るカーラーンを見送って、サームさんがマントを掴む私を見る。
「……さて、どこに案内すれば良いか?」
「えっと……蔵書室に……」
「ああ、あそこか。わかった」
そう言って案内してくれるサームさんの後を追う。
「……やはり、おぬしはカーラーンを見ていたのではないか」
「へ!?」
「カーラーンから隠れたのが証拠だ」
「ぐ……そ、そうです……」
「まさか、あの者に気があるのか?」
「はえ!?!?」
さっきから素っ頓狂な声しか上げてない気がするがそれはもういい、今この人はなんと言った!?
「違うのか? 俺から見たおぬしはカーラーンを見て泣きそうに見えたが」
(そ、そう見えるものなのかー!?)
「いや、あのべつにそういうわけじゃ……」
「そうか……おぬしは変な侍女殿だな」
「ははは……」
「名は?」
「その、アリサです」
「アリサ、か。どこのものだ?」
「万騎長バフマン様の遠い親戚です」
「なるほど、それでヒルメス殿下の侍女に」
ふとサームさんが立ち止まってとある部屋を指差す。
「ここが蔵書室だ」
「! ありがとうございます!」
「王子宮への道は分かるか?」
「あ……」
「……はあ、待っているから早く巻物を持ってきなさい」
「すみません!!」
急いで部屋に入り、頼まれた巻物を探す。ほこりまみれのそこは薄暗くて独特な匂いがして、白いベール越しでも分かるその匂いに咳き込みそうになる。
目当ての巻物を見つけて部屋を出ると、サームさんは自然な動作で巻物を私の手から取って歩き出した。
「え」
あまりにそれがスムーズすぎて、サームさんの顔と巻物を交互に見る。
(紳士だ……)
「サームさんって、優しいですね」
「おぬしを見ていると、何故か転んでこの巻物をばら撒きそうな気がしてな」
「ははは……まさかー」
と言いながら否定できない私……。だってこの宮女の衣服歩きづらいんだもん。
そして無事に王子宮に到着すると、サームさんは手にしていた巻物を私に渡して「もう迷子にならないように気をつけるのだぞ、侍女殿」と言って去っていった。
去り際もなんてかっこいいんだ。
流石に私も迷子になることはなくなっていったが、この出会いがキッカケで私はサームさんを王宮で見つけると話しかけるようになった。
そしてサームさんと話しながら、私は時折カーラーンの様子を伺ったりしては、これからのことを思った。
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