24.ひとときの楽しみ



 私がヒルメスの王子時代に来てから早数ヶ月、あっという間に年が明けた。
 王宮はどこもせわしなく、王への年明けの謁見に各地から来た領主や騎士達が詰め掛け、さらにその人達をもてなす昼夜の宴と忙しい。

 私はヒルメス王子の後ろで、彼が父であるオスロエス王の傍らで謁見に来る人達の挨拶を受けているのを見ているだけだったが、それが終わると人手の足りない宴の手伝いに駆り出されてしまった。

(うう、お腹すいた!!)

 王子はいろんな人と喋って疲れたのか、食事もほどほどに休息を取っているという。羨ましい事この上ないが、新入りの私が休憩を取ることなどできるわけもなく、さっきからお腹の虫が鳴り止まない。

「アリサ! こっちの手伝いお願い!」

「はーい!!」

 王宮の宮女に呼ばれてくるくると動き回る。
 正直に言えば、こう忙しいほうがなにも考えなくてすむから楽ではある。
 それは年が明けたパルス歴三〇四年がオスロエス王が亡くなった年、ヒルメスがパルスの歴史に葬り去られた年でもあるからだ。

 この年にヒルメスは王宮で火事にあい、亡くなったといわれている。でもそれは王弟アンドラゴラスが、兄王を弑し、後継者であるヒルメスを亡き者にして王位につくための暗殺だった。

(火事で亡くなったといわれたヒルメスはその後も生きている。いったいいつその事件が起きて、どうやってヒルメスは助かったのか……)

 カーラーンさんのところでパルスの歴史を学んだ時、書物では三〇四年に起こったとしか記されていなかった。それにヒルメスがどうやって助かったのかも分からない。
 私はどう行動するべきなのか。どこまで過去に干渉していいのか。


「――リサ、アリサ!!」

「あっ、はい!?」

 結局動き回りながらも、思考はヒルメスの事を考えていたようで、大量の杯を片付けている最中、声をかけられていたのに気がつかなかった。

「ごめんなさいね、ずっと動き回らせて。やっと余裕ができたから王子宮に戻っていいわよ」

「え、本当ですか!」

「ええ。あと、少しだけしかないけどこれを持って行って」

 小さな包みを渡されて、中を見ると美味しそうなお菓子が入っていた。

「! 焼き菓子!!」

「お腹すいたでしょう。良かったら食べて」

「ありがとうございます!!」

 包みを抱きしめて礼を言う。
 急いで王子宮に戻ろうと階段を降りて王宮を突き進んで行く。
 王宮の途中、日差しよけの四阿が見える所まで来て、我慢できないというように大きくお腹が鳴った。

「………ちょっとだけ、食べてもいいかな」

 手にした包みから主張するように良い匂いがする。
 なるべく人に見られないように四阿の隅に腰掛け、膝の上で包みを開ける。美味しそうな香ばしい焼き菓子を見て思わず嬉し泣きしそうになった。

「うう……久しぶりのお菓子……久しぶりの甘いもの……」

 極東ではたまにしかお菓子は食べられず、こっちの世界に来てからはさらに縁がなくなってしまっていて、私は甘いものに飢えていた。

 口元を覆っている白いベールをずらそうとして、なんかもう全てが面倒になって頭全体のベールを脱ぐ。
 冷たい風が、肩までしかない私の髪を撫でた。

「いただきま――」

「侍女殿?」

「って、サームさん!?」

 焼き菓子を食べようとして固まる。
 サームさんが四阿にいる私を見つけて目を丸くしていた。

「…………」

「…………」

「……えっと、一緒にどうです?」

 見られてしまったら仕方がない。
 ぽんぽんと私の隣を叩くと、サームさんは少し驚いた表情をした後に小さく笑った。

「侍女殿、こんな場所で何を?」

「仕事を放ってたわけじゃないです! やっと終わったところでして」

「ああ、知っている。丁度おぬしを探していたらこちらに行ったと教えてもらってな」

 隣に腰を下ろしたサームさんと目が合う。

「私を探してたんですか?」

「あ……いや、探していたというか、カーラーンがおぬしを見かけたと言っていたのを聞いて、な」

「カーラーン様が」

「ああ。ただ、それだけだ」

「それだけで、会いたいと思ってくれたんですか?」

 歯切れの悪いサームさんが目を逸らす。
 ちょっぴり恥ずかしそうにするその顔が面白くて、なんだかとても可愛く見える。

「へへ、ありがとうございます」

 あの出会い以来、サームさんは新米侍女の私が心配なのかこうして頻繁に声をかけてくれていた。でもだいたいは王宮でばったり会ったりする時ぐらいだったから、こうやって会いに来てくれるということは初めてだ。


「そんな優しいサームさんに、私のとっておき、お裾分けしますね」

 気にかけてくれたお礼にと焼き菓子を渡そうとして、ふと思いたつ。ただ焼き菓子を渡すだけだと面白くない。
 ひょいとお菓子を摘んでサームさんの口元にもっていった。

「はい、あーん」

「侍女殿っ!?」

「別にサームさんに毒味してもらおうとしている訳じゃないですよ?」

「そういう事ではなく!」

「どういう事です?」

 にこにこと笑う私にサームさんがたじろぐ。
 ちょっといじめすぎかとも思ったけど、サームさんの反応が可愛すぎてついからかいたくなっちゃう。

「はははっ、サームさんの反応面白い!」

「いや、侍女殿の方が面白いというか不思議というか……あと、まだ見慣れぬ……」

「見慣れ? ああ、そういえばベールを取って話すの初めてですね」

 ベールを触って納得する。
 いつもちゃんと目を合わせて喋ってくれるサームさんが、なんとなく視線を宙に彷徨わせていたのは見慣れなかったからか。

「じゃあもういじめるのは止めます。はい、お菓子どうぞ」

 未使用の手巾ハンカチを取り出して、その上に焼き菓子を半分置いてサームさんに手渡す。

「あ、ありがとう……」

 どことなく残念そうな、複雑な表情のサームさんがお菓子を摘む。

「いただきまーす」

 私もお菓子を摘んでぱくりと食べる。
 口いっぱいに広がる甘い味に自然と頬が緩んだ。

「ん〜〜っ、美味しいっ!」

「ああ、そうだな」

 サームさんが笑う。

「本当に、見飽きぬ侍女殿だ」

 二人並んでお菓子を食べながら笑い合う。
 しばらくお菓子をつまみながら、年明けのゴタゴタを笑い話にサームさんとお喋りをする。

 美味しいお菓子を食べながらお喋りをするのはとても楽しい。
 時間を忘れて話していると、だいぶ陽も落ちてきて、名残惜しそうにサームさんが王子宮に送ってくれた。

「送ってくれてありがとうございます、サームさん」

「いや、思う以上に長話になってしまったからな」

「ふふ、サームさんと出会えて良かった」

「侍女殿?」

「こんなに楽しく話せるお友達がこの王宮でできて良かったです」

「……ああ、本当に」

 宮に入る前にベールをつけて、サームさんに手を振る。

「侍女殿、また会いに来てもいいだろうか?」

「もちろんです!」

 笑顔の私に、サームさんも嬉しそうに笑った。


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