3.お使いは突然に



「えーっと、パルス歴三〇一年、オスロエス五世即位。三〇三年、王弟アンドラゴラスが大将軍としてバタフシャーン公国を滅ぼし、カユーマルス公自害す。大将軍アンドラゴラス、公妃タハミーネを王都エクバターナに連行……ふぅん」

 カーラーンさんの城で召使い修行をし始めて早数ヶ月。私は少しずつこの世界に馴染もうと努力した。

 元の世界で父親にびしばし育てられていた経験が効いたのか、パルスの国は勿論周辺国の知識と言語は難なく習得。幼い頃から勉強漬けだった毎日がちょっとは報われたかもしれない。

「パルス歴三〇四年、オスロエス五世崩御。王子ヒルメス火災により死去…………大将軍アンドラゴラスが国王に即位し、アンドラゴラス三世と称す……」


 王子ヒルメスーー。
 書物に記された見知った名前を指でなぞる。
 ヒルメスがこの城を去った後、カーラーンさんが私に語ってくれた彼の生い立ち。
 ヒルメスの召使いになるならば最低限知るべきだと言われたそれは、あまりにも暗い過去だった。

 カーラーンさんには『殿下に救われた命なれば、生涯仕えてみせるべき』と言われたけれど、ヒルメスにとって役立たずな私がどうやって仕えろというのか。
 アラガミを倒すことしか能のない私は、この世界を知れば知るほど”異物”なのだと実感する。

「まさかいきあたりばったりでヒルメスの召使いになるとは……」

 べしゃりとテーブルの上にうつ伏せになって目を閉じる。とにかく、もとの世界に戻る手がかりを探すためにはこの世界でなんとか生きるしかない。
 カーラーンさんいわく、ヒルメスは各地を転々としていると言っていたから、彼についていけばなにか見つかるかもしれない。

「はあ……これからどうすればいいの……」

 無性に極東が恋しくなってくると、外から気合みなぎる声が聞こえてきた。
 見知った声に思わずむくりと起き上がって、与えられた自室から出る。

 急いで声をする方に駆けると、広い庭の真ん中で青年が木刀を振るっていた。

「ザーンーデー!!!」

「ぬわっ!?」

 後ろから思い切り突撃すると、体勢を崩したザンデが木刀を取り落とした。

「レイン! 何度言ったら飛びつくのを止めるのだ!」

「あっはっはー、いつだろうねー」

 ひょいっと木刀を拾ってザンデに渡す。
 カーラーンさんの一人息子ザンデは、厳つい顔に似合わず中々いじり甲斐のある人だ。

 初対面の時、私がヒルメスの召使いになる予定だと自己紹介したら、自分こそがまだ見ぬ殿下の忠実な部下になるのだと豪語された。
 それ以来、居候である私に何かと競うようになり今ではもう仲のいい間柄だ。


「ね、手合わせしようよ」

 壁に立て掛けられていたもう一振りの木刀を手に取り、軽く振るう。

「父上の課題は終わったのか?」

「勿論」

 ニヤリと挑発的に笑うと、ザンデも楽しそうに笑う。
 少し距離を置いて相対すと一陣の風が私達の間を通り過ぎたーー。

「ふんっ!!」

 開始の合図とばかりに素早く近づいたザンデが木刀を振り落とす。難なくかわすが、力技だけが取り柄なだけあって威力は凄まじく、木刀が地面にめりこんでいる。

「相変わらず凄い力だねっ!」

「そう言うおぬしも、相変わらずちょこまかとできるな」

「それが取り柄ですから」

 大振りに振るう木刀から逃げるようにかわしていくと、強く地面を踏んで跳躍する。

「むっ!?」

 太陽を背に跳ぶ私をザンデが眩しそうに見ている。

「何事も頭を使わなきゃね」

 手にした木刀でザンデの手首を強かに打つ。
 またもや木刀を落としたザンデは、自分の喉元に突きつけられた木刀を見て冷や汗をかいた。

「……くっ、俺の負けだ」

 素直に負けを認めたザンデが悔しそうに眉を寄せる。
 実戦経験の差でザンデとの手合わせはいままで負け知らず。単純な力技ばかりしなければまた違う結果になるだろうが、それはまだまだ先のよう。

「そういえば、王都にいる父上からおぬし宛に文が届いていたぞ」

「カーラーンさんから?」

 木刀を拾うザンデが思い出したように懐から手紙を出す。渡されたそれをしげしげと見つめて、封を破った。

「えー、なになに? ”レインよ、殿下に仕えられるようしっかり勉学に励んでいるか”……まあぼちぼち。”実は城に、あるものを置いてきてしまった。それを王都エクバターナまで届けてほしい。確かまだ馬に乗るのが不慣れだっただろう、これも訓練と思いよろしく頼む”……えええっ!?」

「父上が物を忘れるわけがない、これはおぬしへの試練だな」

 隣で手紙を眺めていたザンデがなにがおかしいのか笑っている。
 くそう、言語や歴史は習得したけど馬だけはまだ慣れてないのがバレている……。

「俺が付いていかなくても大丈夫か? 確か先日馬に振り落とされていただろう」

「結構です! こ、これぐらいお使い感覚で行けるからね!」

「そうか、では頑張れよ」

 ニヤニヤ笑っているザンデが腹立たしい。

 こうして私ははじめてのお使いで王都まで行くこととなった。


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