4.黒衣の騎士と私



「なんで進んでくれないのーー!!」

 森の中でそう叫び一人呆然と馬に跨る中、私はうな垂れた。
 王都にいるカーラーンさんに書簡を届けに行くため慣れない馬に乗って城を出て早数時間。

 この森を抜ければ王都まであと少しなのに、急に馬が言うことをきかなくなった。
 といっても最初からあまり友好的とはいえず、私よりザンデに懐いている馬だ。

「これはもう引いて行くしかないのか……」

 馬を見れば呑気に草を食べて尻尾を振っている。
 諦めて鞍上から降りて馬を引くと、何が不満なのかぶるっと鼻を鳴らしている。

 柔らかい土を踏みしめて鳥の囀りを聞きながら森を歩く。
 元の世界で着ていたクレイドルの隊服はこの世界では浮くため、カーラーンさんの召使いさん頼んで動きやすい服を選んで貰い、その服を着ている。

 森を歩いていると、お世話になったばかりのころどこまでも続く木々や動物に驚き、よくカーラーンさんやザンデに聞いていたのを思い出す。その都度面倒そうな素振りを一切見せずに懇切丁寧に説明してくれたのが懐かしい。

 最初は不審人物であろう私を警戒していたのに、なにも知らなさすぎる私を他国の人間でパルスに売られてきたのかと勝手に解釈しているようだ。
 
 しばらく無言で歩いていると、森が途切れ広い荒野が眼前に広がる。
 地平線に見えるのが王都だろうか、荒野の先に土の壁が見えた。

 書物で読んだ王都エクバターナはパルスの栄華を極めた美しい場所なのだと書かれてあるのを思い出し、まだ見ぬ未知の世界にわくわくしてくる。

「……ん?」

 馬を引きながら荒野を歩いていると、王都の方角から黒い何かが近づいてくるのが見えた。

 風を切るように走るのは逞しい黒い馬。
 鞍上の男の人と目が合うと何故か速度を上げてこちらに向かってきている。

「え、え、なに!?」

 驚いて逃げようにも相手は馬でこちらは徒歩、馬あっても乗りこなせない私には到底逃げ出せるわけもなく、目の前にきた人物を見ただ上げるしかできなかった。

「女性一人で何故こんなところに、商隊とはぐれたのか?」

「えっと……王都に、用がありまして……」

 黒い馬にまたがった男の人の鍛え抜かれた肉体、タントップのような黒い服から見える割れた腹筋にこりゃ降参するしかないかと思っていると、男の人は一つ頷いた。

「そうか、不躾なことを聞いてすまなかった。王都までもうしばらく、気をつけて参られよ」

「……あ、ありがとうございます?」

 てっきりヒルメスに拾われた時に襲ってきた山賊の類いかと警戒していたが、普通にいい人だったようでなんか拍子抜けする。

 軽く会釈してそそくさと馬を引いて男の人から離れると、後ろから声が掛けられた。

「まて、おぬしまさか徒歩で王都まで行くのか?」

「え、ええ」

 振り返って頷くと、男の人は驚いたような表情をして私が引いていた馬を見る。

「見た所その馬に怪我などは見えないが……」

「あー……私の言うことを聞いてくれなくて、乗っても進んでくれないんです」

 騎馬の民で有名らしいパルスの人間は馬の扱いに長け、馬術の腕はどの国にも負けぬらしい。
 なので馬術の練習で馬に振り落とされたときの私を見たザンデのように、男の人は驚いている。また確かに乗るはずの馬を引いて歩く人は珍しいだろう。


「徒歩では辛いだろうに……よし、ならば俺の馬に乗ってみてはどうだ」

「は!? え、えええ!?」

「俺のシャブラングはどの馬よりも賢い、馬に不慣れなおぬしでも乗れるだろう」

「で、でもそうすると貴方は」

「俺はおぬしの馬に乗らせてもらおう。なに、王都までの道案内だと思ってくれればいい」

 何故かいつのまに男の人はシャブラングという馬から降りて、私の馬の鼻を撫でている。
 おそるおそるシャブラングに近づくと、顔に似合わずおとなしくしている。

「馬はとても賢い生き物だ、人が怖がっていればそれが馬にも伝わる。まずは怖がらずに触れてみることからだな」

 どうやらさっきの仕草だけで私が馬を怖がっていることがバレてしまった。
 動物がほとんどのいない世界で生活していた私は、人間以外の動く生き物にどう接すればいいか戸惑ってしまい未知の生物に恐怖感を持っていた。

 ちらりと私の馬の方を見ると、男の人に撫でられて気持ちよさそうにしている。
 これが力量の差……。

「よ……よろしくお願いします」

 何故か敬語になりながらシャブラングの首筋を撫でてみる。今まで馬を撫でてもそっぽ向かれていたのに、されるがままに大人しいシャブラングに思わず感激してしまう。

「お、おお! なんか初めて可愛く見えてきた!」

「ふ、ははっ、それは良かった」

 男の人に手伝ってもらいながらシャブラングに乗り、手綱を握る。
 さっきの馬よりも大きなシャブラングに若干緊張しながらも、なんだか興奮してドキドキしてくる。


「なんだかすみません、こんなによくしていただいて……えっと、私の名前はレインといいます。貴方は……」

「レイン殿か、俺はダリューンという」

 男の人が私の馬に乗ってゆっくり並走する。

「呼び捨てでいいですよ」

「そうか、なら俺のこともダリューンと呼んでくれ」

「はい!」

 ダリューンを見ると、私だとうんともすんとも動かなかった馬が従順に従っている。
 私もいつかこんな風に馬と意思疎通してみたい……。そう思いながら手綱を握りしめて、王都まで目指した。


 * * *

 王都の外を軽く遠乗りしていた折に不思議な娘と出会い、王都まで案内することになった俺は引き返すように砂地を馬で進む。

 道中走り方など教えると、もともと飲み込みは早いのか直ぐに簡単な馬の扱い方を覚えていく。

 しばらく駆けていると、眼前にエクバターナの城門が見えてきた。

 目の前にそびえる高い壁、そしてここからでも中の喧騒が聞こえるこの場所は王都の門前。

 見知った門番に会釈されて中に入ると、隣のレインが驚いたようにこちらを見ている。

「うっわあああ!!」

 だがそれも、門を通って王都を見た瞬間に変わった。
 目を輝かせてあちらこちらに視線を向けては物珍しそうにしている。

「レインは王都に来るのがはじめてか」

「うん。こんなに人が沢山いるんだ……あ、あれなに!?」

 馬から降りて引きながら道を進んでいると、バザールの一角を指差す。

「あれは家畜を売っている店だ」

「へぇ、そんなのもあるんだ。あっちは果物?」

「ああ、あれは皮のままでも食べれる」

「美味しそう……買ってきてもいい?」

 頷くと、嬉しそうに店に駆け寄り杏を数個買っているようだ。買い物が不慣れなのだろうか、会計時に少し戸惑っている。

「ねえねえ、ダリューンも食べる?」

 無事に会計を終えこちらに戻ってきたレインはとても上機嫌に笑っていて何故かついつい目が離せない。

「いや、俺よりもレインが食べたほうが」

「案内のお礼がしたいの、もらったお小遣いが少ないからこれしかあげられないけど、ね?」

 小首を傾げるレインから受け取り、二人で並んで噴水の縁に座る。
 歯を立てて皮ごと食べると、甘酸っぱい果肉が口に広がりとても美味い。
 隣のレインを見ると幸せそうに頬を緩ませている。

「んっ、美味しー!!」

「本当に美味そうに食べるな」

「うん、これなら何個でもいけるよ」

 ぺろりと杏を二つ平らげ指についた果汁を舐める。満足そうにしている姿を見ているとこちらまで自然と笑みが浮かんだ。

「あ、そうだ。早くお使いをすませないと。ねえダリューン、王宮ってこっからどうやって行けばいい?」

「王宮?」

 レインがこちらを見た瞬間、ピシッと表情が固まりさっと視線を斜めに向ける。

「? どうしーー」

「レイン! ここにいたのか!!」

「カーラーン殿!?」

 聞き知った声に後ろを振り返ると、万騎長カーラーン殿が慌てたようにこちらに向かってきていた。

「部下を王宮の門前に付かせていたのに、いつまでたっても到着しないからなにかあったのではないかと思っていたが、まさか道草をしていたとは……!」

「まってカーラーンさん、これには深ーい事情が!!」

 あの穏健ながら厳しいカーラーン殿が呆れたように手を額に当て、溜息をついている。
 と、カーラーン殿と目が合った。

「む、なんとダリューン! 何故レインと……」

「実は王都を目指していた彼女が馬を引いて歩いていたので、俺がシャブラングでーー」

「まだ馬にも乗れんのか」

「はい……」

「それよりもレインとカーラーン殿が知り合いだったとは。親しい間柄で?」

 しゅんとしているレインを見ていられず無理やり話題を変えると、カーラーン殿が表情を変えて相槌をうつ。

「あ、ああ…………”姪”だ」

「え、めい」

「だなレイン」

「う、うん、そうなんだー。カーラーンの”おじさま”に会いに田舎から王都まできたのー!」

「そうか姪御殿だったのか」

「それよりもおじさまとダリューンも知り合いだったんだね!」

「あ、ああ、ダリューンは最年少の万騎長でパルスも名うての騎士だ」

「え!? ダリューンが万騎長!?」

 どことなく愛想笑いしていたレインが驚いたように俺を見ている。

「じゃあやっぱり強いんだ、うわー、一度手合わせしてみたーー」

「レイン、そろそろゆくぞ」

「え、もう!?」

 カーラーン殿がレインの腕を掴みずるずると引く。一緒に馬の手綱を掴むと、レインがこちらに手を振った。

「ダリューン、今日はありがとうね!!」

 偶然出会った彼女ともう少し話していたい。そう思うと自然と声が上がった。

「また会えるだろうか!」

 レインは目を丸くして、満面の表情で笑った。

「縁があったらまた会えるよ!!」


 顔をベールで隠したパルスの女性とは違う。
 ころころ変わる表情が珍しく、この最後の笑顔を俺はきっとまた会うまで忘れられないだろう。

 次にまた会えるだろうか……。
 

 *

 ダリューンと別れて路地を歩いていると、カーラーンさんが長い溜息をついた。

「まったく、おぬしには振り回されてばかりだ」

「あはは、すみません」

 カーラーンさんにお世話になってかれこれ数ヶ月、確かに色々やらかしてはいる。
 それでもなんだかんだ呆れながらもカーラーンさんは私の面倒を見てくれていた。

 でも最近私の父親ポジションにいるのは気のせいだろうか。

「それにしても姪っ子になっちゃいましたね」

「あの場で召使いというのもおかしかろう。おぬしはわしに親しくしすぎたからな」

「確かに……。あ、娘でも良かったんですよ?」

「こんなじゃじゃ馬な娘はいらん」

「えー、酷いー」

「ふん、今回の事はあの方にご報告申し上げる」

「げ、嘘!?」

「道草を食ったおぬしが悪い。しかも未だに馬に乗れぬとは……」

「……頑張ります」


 こうして、私のはじめてのお使いが終わった。

 はじめての王都、はじめてできた知り合い。
 たまにはこういう息抜きもいいかもしれない。

 またあの黒い騎士さんと会えるだろうか……?

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