5.旅立ちと再会
砂塵が舞う中、仮面にそろりと触れる。
普段は布を眼帯のように右目に当てているが、今は鈍色に輝く銀仮面を付け、俺はヒルメスではなく"銀仮面卿"と名乗っていた。
「行くぞ」
マルヤムの王都イラクリオンを視界に据え、鞘から剣を抜く。
後ろに控えていたルシタニア兵が雪崩のように王都へと突撃して行くのを見送り、自身も王都へと馬を進めた。
パルス王国の正統なる王位を回復させようと復讐を決意していた俺は、ルシタニアがマルヤム侵攻後、パルスへの侵攻を企てていることを知った。これを好機とルシタニアの王弟ギスカールとの協力関係を築きあげ、パルス侵掠を利用することにしたのだ。
結果、まんまとルシタニアの客将となり一軍を率いてマルヤムの村々を劫掠することに成功したが、手駒は多い方が良い。たとえルシタニア兵を率いることが出来てもそれはあくまで敵国の兵。本来欲しているのはパルスの将なのだ。
だからこそカーラーンを自駒に出来たのは大きい。パルスの万騎長であり真の王はヒルメスであると信じる忠実な将だ。
だが一つ気になるのは、レインであった。
空から降ってきた不思議な女はまず読み書きができず、周辺諸国の地理や歴史に疎く、更に馬にも乗れないという体たらく。
面倒を見ているカーラーンは東方から来た奴隷が逃げてきて、木の上に隠れていたが足を滑らせて落ちたのではないかと推測していた。
そして奴隷にしては身体能力が高く、どこで覚えたのか剣の技術もあり、ある程度の教養を持っていると報告があった。
レインは故郷に戻る手段を探すためにまずこの国を知りたいと言ったという。
そして俺が各地を転々としているとカーラーンが言うと、なおさら戻る手がかりを知るためについていくと言ったらしい。
最初は盾程度にも使えればと思っていたが、扱いづらい駒も上手くすれば盾と鉾両方で使えるかもしれないと気づく。
ルシタニアがマルヤムを征服したら次はパルス侵掠である、それまでに上手く仕す上がっていればいいと期待した。
* * *
「じゃあ行ってきます。今までありがとうございました」
カーラーン城にヒルメスからの連絡が来たのは昨夜。彼が何をしていたのかは知らないが、今後の行動は私も一緒に伴うらしく、ヒルメスがいる場所まで来いという文が来た。
明け方にすぐ出発することになり、急いで旅支度をしてカーラーンさんとザンデに挨拶すると、二人は心配そうな顔をして私を見た。
「レイン……その、あまり無茶なことはするなよ」
「えー、何それ。私が無茶するように見える? ザンデ」
「お前ならやりかねないから言っているんだ」
「あはは、そうかな」
思えば二人には良くしてもらいすぎた。
無知な私を嫌がりもせずに面倒をみてくれて……離れるのがちょっと寂しくなってくる。
「ヒルメス殿下のことを頼む。……命をかけてとは言わん、だがあのお方の手助けになってほしい」
カーラーンさんらしい言葉に思わず苦笑しそうになる。「命をかけてとは言わん」ということは、少しは私の命を惜しいと思ってくれてるのだろうか。
「分かってますよ。なんたって命の恩人ですからね。右も左もわからない私を拾ってくれたのはヒルメスですから。ちゃんと守ります」
これ以上ここに留まれば名残惜しくて行けなくなるかもしれない。深く礼をして馬に乗れば少しは気持ちが軽くなった。
「二人とも、行ってきます!!」
馬の腹を蹴ればぶるんと鼻息を吐いた相棒が面倒くさそうに地を蹴る。
数ヶ月暮らした城に振り変えれば、二人が笑顔で見送ってくれていた。
出発前にカーラーンさんから貰った地図を脳裏に浮かべながら、北西を目指す。
確か北西にはマルヤムという国と、その先にルシタニアという国があったはず。ヒルメスからの文にはマルヤムに来いとだけ書いてあったのだが、一体何故マルヤムにいるのだろうか?
* * *
出発してから早数日、休む時と寝る時意外ずっと馬を走らせていたためあと数時間もすればマルヤムに着くだろう。最後の休憩にと近くの小川で馬を休ませ、水を飲んで一息つく。
「……はあ、マルヤムで戦争、かぁ……」
近くの木に背を預けて座りこみながら、マルヤムまでの道中で聞いた話を思い出す。
つい先程、旅商人だという男性からマルヤムには行かないほうがいいと言われたのだ。なんでも、ルシタニアがマルヤムに攻め込み王都を陥し、彼の地は混乱状態にあるという。
しかもルシタニアはイアルダボート教ではない人間を”異教徒”と呼び、女子供構わず殺してしまうとも言っていた。
「……なんでヒルメスはそんなところに……」
まさか戦争に巻き込まれたのかと思ったが、それなら呑気に文なんて送ってこない。文を送る余裕があって本人が無事だということは、もしかしたらヒルメスはルシタニア側にいるのだろうか。
「戦争に、巻き込まれちゃうのかな、私……」
ヒルメスがパルスの王に復讐したいと思っているなら戦争しかない。本当は内心ではこうなることがわかっていたのに、実際に直面してやっと事の大きさを感じた。
「はあ、諦めるしかいのか……ん?」
離れたところからガチャガチャと金属音が聞こえてくる。こんな所に何故と思っていると、茂みからボロボロな出で立ちの兵士が現れた。
「え」
兵士の血走った目と視線が合った瞬間、”殺される”と本能が警告した。
ビュンと空を切る音がしたかと思うと、兵士が手にする剣が私の頬を掠める。
「っっ!?」
反射的に横に退けば、兵士が木を斬りつけているのが見える。
おそらくマルヤムかルシタニア、どちらかの兵士なのだろうが、戦争只中で狂ってしまったのか言葉にならない呻き声を上げていた。
このままでは殺される。そう分かっていても護身用として渡された短剣を突き刺すことが出来ない。
相手がアラガミなら躊躇なく倒せるのに、人を、”人間を殺す”ことを簡単に出来るはずがなかった。
(でも、このままじゃ……)
兵士がゆらりとこちらを見て真っ青な顔をしている。まるで死神と目が合ったかのように。
「わああああああああっ!!!」
血走った目が私に向かって剣を振り落とそうとした。
「ごめんなさい……」
せめて、楽に。
「がっ!!」
兵士の体がくの字に曲がり、口から血があふれた。
心臓を深々と刺した短剣を私が引き抜くと、どさりと体が地面に倒れる。
結局私は殺さないという選択をすることが、出来なかった。
「……レイン……」
後ろから懐かしい声が聞こえる。
なんでだろう、なんでこんな場面に彼がいるのだろうか。
「ヒル、メス……?」
振り向けば、そこには見慣れない兵士を連れた長身の男。見慣れた外套を着ているのに、あの眼帯のような布を右目に垂らすことなく、その両目には銀色の仮面が被さっていた。
「……ヒルメス、だよね?」
もう一度呼べば、銀色の仮面から覗く瞳と目が合った。
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