6.銀仮面卿と王弟殿下


 捕虜として捕らえていたマルヤムの兵が逃げたという報せに俺は銀色に光る仮面の下で眉をひそめた。
 本来なら一兵卒程度逃げても追うようなことはしないが、件の兵はとあることを吐かせるために捕まえた兵なのである。逃げたと知ればルシタニアの王弟の不興をかうだろうだろう。
 忌々しいが今王弟の不興をかうのを避けたいため、少数のルシタニア兵を伴ってマルヤム兵が逃げたという場所まで追ってきた。

 近くに小川が流れる林に足を踏み入れると、低い唸り声が耳につく。

「銀仮面卿、あちらをごらんくたさい」

 ルシタニア兵が指さした先に視線を向けると、そこにはマルヤム兵に襲われている女の後ろ姿があった。
 先程の唸り声はマルヤム兵が発したのだろう、銀髪の女を見る目がこちらへと移った。

「!!」

 こちらを見て真っ青な顔をした兵がガタガタと震えだす。まるで死神が自分を迎えに来たように、兵士が半狂乱に陥った。

「わあああああああっ!!!」

 血走った目で叫ぶと同時に兵士が剣を振りかざして女に向かって行く。
 思わず剣の柄を握った瞬間、女の銀髪の髪が揺らいで兵に自らぶつかって行った。

「がっ….…」

 兵士の口から血がごぼりと溢れ、女の髪が赤く染まる。彼女が離れると兵が地面に崩れ落ち、動かなくなる。

 女の手に持つ短剣が赤く濡れていた。

「……レイン……」

 唇が勝手に女の名前を紡ぐと、紅い瞳がこちらを振りかえった。

「ヒル、メス……?」

 初めて目にする憂いを帯びた瞳に射抜かれ呆然とする。
 結った銀色の髪は赤く染まり、真紅の瞳が悲しそうに揺れる。
 血に染まってもなお美しい存在を初めて見た気がした。

「……ヒルメス、だよね?」

「…………ああ」

「っーー!」

 レインが俯いて肩を震わす。

 一歩足を踏み出して手を伸ばそうとすると、彼女が顔を上げて我慢できないというように笑い出した。

「ぷっ、あははははははっ!!」

「…………」

「な、なにその仮面っ! ヒルメス全然似合わなーーあいたっ!!」

 指を差して笑う阿呆を剣の柄で殴れば涙目で唸った。

「これ以上コブを作りたくなければ黙って付いて来い」

「はい…….笑ってすみませんでした……」

 溜息をつけばチラチラとこちらを見たレインが口に手を当てて笑いを堪えている。もう一度柄で小突けば今度こそ黙って付いてきた。


 * * *

 なんとかヒルメスと合流することができた私は黙り込みながら付いて行った。
 ずっと黙りを決め込むヒルメスを盗み見すれば、やはり銀色の仮面が目について吹き出しそうになる。慌てて視線をそらせば目の前を歩いていたヒルメスがいきなり立ち止まって思い切り背中に鼻がぶつかった。

「うぶっ、どうしたの」

 ヒルメスを見れば、少し先にある天幕の入り口を仮面越しに睨んでいるように見える。

「?」

 天幕の入り口には顎髭を生やした甘栗色の髪の壮年が、眉間にシワを寄せ付て待っていた。

「これは王弟殿下、いかがされましたか」

(お、王弟殿下!?)

 名前の通りに王の弟、国軍最高司令官にして宰相の地位に立つギスカール公爵である。
 王弟は兵達を手の動きだけで下がらせ、ヒルメスを天幕の中に招いた。

「えっと……」

 これは付いて行かないほうがいいかと逡巡していると、ヒルメスが「付いて来い」と言って天幕の奥に入ってしまう。

「……ええいままよ」

 本格的に戦に巻き込まれるだろう、だが自分は既に兵を手にかけた。もう引くことはできないと心に決め、天幕の布を引いた。


「銀仮面卿、この者は」

 中に入った瞬間に王弟に睨まれて思わず回れ右しそうになる。助けを求めるようにヒルメスを見れば、少し黙った後口を開いた。

「私の従者です。今後パルス侵掠に同行させるため殿下に目通りをと連れてまいりました」

 ついとヒルメスと目が合い名前を呼ばれた。
 意図を理解してギスカールの前に跪く。
 この時の為にカーラーンさんに叩き込まれた作法を思い出した。

「お初にお目にかかります、殿下。我が主、銀仮面卿にお仕えしておりますレインと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」

 ちゃんとそれらしくできているだろたいか……。緊張を紛らわすためにずっと絨毯の模様を数えていると、太い指に顎を掴まれうわ向かされる。

「ほう……レインか。従者にしては華奢だが剣は持てるのか?」

「はい」

「先程、脱走したマルヤム兵の処分をこの者が行いました。拷問をかけて内親王について吐かせる前に発狂し、手に負えなくなりましたので」

「そうか、ならば今後の活躍を期待しよう」

「はっ」

 顎を掴んでいた指が離れたことを確認してホッとヒルメスの背後に控えれば、ギスカール公が己の顎髭を撫でてヒルメスを見た。

「内親王の件だが、アクレイヤ城が落ちるのも時間の問題だと、潜り込ませた間者から報告があった」

「それは重畳」

「アクレイヤ城はダルバンド内海の西北岸にある。内親王は籠城を続ける気だろうが、まだ年若い姉妹だ。いずれ根を上げて出てくるのを待てば良い。盲目の妹内親王を連れて逃げられる所などないからな」

「……盲目の、内親王」

 盲目という言葉に一瞬ヒルメスの声が狼狽えたような気がした。はて、知り合いだろうか。ヒルメスは元々パルスの王子様だから、他国のお姫様の一人や二人知り合いでいそうではある。

「アクレイヤ城には兵を包囲させるだけでいい。それよりも目下注視するべきは……」

「パルス……」

 私の呟きにギスカール公が頷き、ヒルメスの仮面をじっと見つめる。

「ああ、パルス攻略は銀仮面卿、そなたの策に掛かっている。まずは手はず通りにアトロパテネだ」

「はっ、仰せのままに……」

 二人の間のピリピリとした関係を目にして肩身が狭い。互いに利用しあうような、噛みつきあっているような心理戦が怖いです。

 ギスカール公が天幕から出て行き、中がしんと静まりかえる。居た堪れずに何か話題を振ろうとすると、ヒルメスがこちらを見た。

「……先の口上」

「へ」

「及第点だ。よく俺の名前を出さなかったな」

 いきなり褒められるとは思わずちょっと照れくさくなる。

「えっと……ギスカール公から銀仮面卿って呼ばれてたから、そう名乗ってるのかなーと思って」

「ああ、これからは銀仮面卿と呼べ」

「ってことは仮面はつけたまま?」

「そうだ」

「……わかった。でも、誰も周りにいなければヒルメスって呼んでいい?」

「……何故名前にこだわる?」

「だってヒルメスって響き好きだから」

「…………」

 それに銀仮面卿よりヒルメスの方が彼らしいと思う。黙り込むヒルメスをじーっと見ていると、ふいと目をそらされた。

「……好きにしろ」

「! ありがとう、ヒルメス!」

 嬉しすぎて反射的にヒルメスに抱きつけばぺいっと猫を掴むみたいに引き離された。

「未婚の女子が抱きつくのではない!」

「えー、親愛の証ですよ?」

「勘違いをおこす者がでたらどうする」

「勘違い? ああ、他人から見たら勘違いするものか。なら名前と一緒で二人きりならいいんだね!」

「そういう意味ではない!」

 あははと笑えばヒルメスは疲れたようにため息をついている。
 それでも口元を見れば少しだけ笑っているのが見えて、嬉しくなった私は二度目の突撃をしたのだった。


- 7 -

*前次#
表紙
ALICE+