7.迷子を照らす月


「相変わらずここは凄い人混み!」

 パルス王国、王都エクバターナ。
 愛馬に跨ったまま王都の城門を見上げていると、隣でヒルメスがため息を吐いている声が聞こえた。

「はしゃぐな。いいか、直ぐに用を済ませてくる、大人しく待っていろ」

 あの面妖な銀の仮面を今は外したヒルメスは、右目に眼帯のような布をあてている。
 はーい、と返事をすれば「迷子になったら置いていくからな」と一言言い残して北の方角に行ってしまった。

「ヒルメスのいじわる」

 とりあえず近くに馬を止めて、エクバターナを眺め見る。初めて来た時はとにかく物珍しくて市場にばかり目がいったが、二度目の今日は広く周囲を見渡せる。

「……ちょっとぐらい、いいよね」

 王都を歩いてみたい、広い場所に行ってみたい、あの遠くに見える王宮に行ってみたい。そんな欲求が胸を満たす。
 ヒルメスが帰るまでの散歩と自分に言い聞かせて、私は繁栄極まる都に足を踏み出した。


 何故私とヒルメスがマルヤムからここ、エクバターナにいるかというと、パルス侵攻の際に重要となるある策のために来ていた。本当は私もヒルメスについて行きたかったのに、エクバターナまでの共をするだけときっぱり拒否されたのだ。

 バザールで林檎を二個買いながら、悶々とする。店のおじさんにお礼を言って小走りに路地に入り、王宮がある方へ進んでいく

 だいぶ進んだか、石造りの階段を見つけて助走も付けずに飛び上がる。階段を上がると、成人男子程の高さの石塀の向こうに先程までいたバザールが一望できた。

「いい眺め!!」

 人々の賑わいや営みを眺めると、胸の奥で何かが燻った。

「……ここを、攻めないといけないんだよね」

 ポツリと呟いた言葉は風に流されて消えていく。さっきから悶々としたこの後ろめたい思いに、私は目を背けることができなかった。

「こんなに平和なのに、なんで争うんだろう」

 私のいた世界よりもずっと平和で、幸せに暮らしているのに。 ルシタニアは富と繁栄の為に、ヒルメスは復讐の為に戦争をしようとする。

「それが”人間”なのかな」

 人はそれぞれの正義の為に戦っている。
 それは私の世界の人々と同じなのかもしれない……。

「……戻るか」

 踵を返して階段を降りようとした時、階段から上がってくる少年とぶつかった。

「わ!」

「っと!」

 倒れこみそうになる少年の腕を掴んで引っ張る。急いで抱きしめれば、私と同じ銀色の髪が目につく。

「す、すまない!」

 少年の夜空色の瞳が大きく見開かれて、頬が赤く染まる。

「君、大丈夫?」

「あ、ああ……」

「ごめんね、ちゃんと気をつけてなかったから」

「いや、私が人目を避けるために急いでいたせいで……」

「人目を避けるため?」

「えっと……りょ、両親に内緒で……ここに」

 一見普通の男の子に見えるけど、上質な絹の服を着ているということは良いとこの坊ちゃんか。私がくすりと笑うと、男の子は恥ずかしそうに俯く。

「ね、君、林檎好き?」

「? 嫌いではないが……」

「ならあげる!」

 ポンと林檎を男の子に投げ渡してにっこり笑う。本当は後でヒルメスにあげる分だっがまあいいや。面喰らう男の子の腕を引っ張って、石塀に背中を預けるように座った。

「これも何かの縁だし、お近づきの印にどうぞ」

「あ、ありがとう」

 林檎を手に持って見つめる男の子を他所に、服の裾で林檎を拭いてかじる。
 甘酸っぱい味が口に広がって文句なしに美味しい。
 私が林檎を食べているのを見て、男の子も林檎を拭き小さくかじりつく。

「……美味しい!」

「ほんと、この国は果物が美味しいよね。羨ましいや」

「おぬし、パルスの者ではないのか?」

「うん、遠い東からね」

「…………その、異国の者から見てパルスの奴隷をどう思う?」

「え?」

 男の子の”奴隷”という言葉に首をかしげる。確かにパルスは奴隷制度を用いていて、カーラーンさんの城にも多くの奴隷を抱えていた。
 どうやらカーラーンさんは私が東から来た奴隷ではないかと思っていて、そう考えてしまうほど各国でも人身売買は常習化されている。
 でもそれは王が国々を征服したという証しでもあるのだという。

「……昔、ルシタニア人の少年奴隷に、パルスの奴隷制度はおかしいと言われて、それ以来ずっと考えているのだ。”平等”とはなんたるかを」

「平等……」

「ああ、おぬしはどう思う?」

 男の子の真剣な瞳に見つめられて、林檎をかじっていた口が止まる。膝に林檎を置いて、私は夕焼け色に変わろうとする空を見上げた。

「……私のいた所はね、満足に食事をするのにも困難な世界なんだ。だって大きな敵に街をめちゃめちゃにされて、いつまた来るか分からない敵への恐怖に脅えていたから。人間にとって、自由も平等もない世界」

 アラガミは全てを喰らって世界を蹂躙していく。その名の通り、神が荒ぶるかの如く。

「それでも人々は生きるために一生懸命抗うの。先の見えない世界だとしても、一欠片の希望を掴み取るために。私はそんな人間が大好きなんだ」

 風が、私と男の子の銀の髪をくすぐる。

「でも、奴隷には希望がないの。主人に尽くしてさえいれば一生生きれるから、希望を抱こうとすらしない。……それは少し悲しいと、私は思うな……」

「…………」

「でもね、これはあくまで私の考え。人がいるだけ多種多様な考えがあるから、君の考えや答えを見つければいいと思うよ」

 ぽんぽんと男の子の頭を撫でれば、小さく頷いている。

「さてと、そろそろお別れかな」

「え!?」

「急がないと連れが用事を終わらせて帰っちゃうかもしれないから、待ち合わせ場所に戻らないといけないんだ」

 立ち上がれば、男の子はぎゅっと林檎を持って顔を上げる。

「その、最後におぬしの名前を教えてもらえないだろうか」

「名前? レインです」

「レイン、感謝する」

「うん、じゃあね!!」

 手を振って逃げるように走れば、後ろから声が響く。

「レイン、また会おう!!」

「…………」

 またという言葉に、胸がチクリと痛む。
 この罪悪感を自分から背負って馬鹿かと殴りたい。次にこのエクバターナに来る時は、私が征服する側についている時なのに。
 あの子と会わなければよかった。そうすればこんな感傷を負わずにすんだのに……。

 無我夢中で走れば、どこか入り組んだ路地に入ってしまったのか、待ち合わせ場所への道があやふやになってしまった。
『迷子になったら置いて行くからな』って言ったヒルメスの言葉を思い出して一人でヘコむ。
 すでにあたりは暗くなりかけていて、本格的に迷子になりかねない。とりあえず勘でこっちの道に入ってみるかと歩を進めようとした時。

「満足に約束事も守れんとは、稀に見る阿呆だな」

 聞き慣れた声に振り返れば、そこに呆れ顔のヒルメスがいた。


 * * *

 マルヤムからエクバターナ入りした俺は、王都に入って直ぐにレインと別れて馬を進めた。
 本来は一人で王都に来る予定だったが、レインがしつこく一緒に行きたいと言い、仕方なしに共をさせたのだった。

(……静かになったな)

 道中何かと話しかけてくるレインがいなくなると、こうも静かになるとはと驚く。それを少し物足りないと思いながら、とある人物のいる地下へと足を運んだ。

 とある人物とは、暗灰色の衣を纏った魔道士であり、協力者の一人であった。
 魔道士の力で、パルス軍との決戦の場になる場所に濃霧を発生させる儀式を行う。それを見届けるために地下までおり、その場で行われている儀式を目にすることになる。

 地下の中央には動物の生贄が山高く積まれ、それを舐めるかのように業火が揺らめいている。
 思わず袖で口元を覆うと、蛇のように揺れる炎を直視できずに舌打ちをする。耳の奥に残る”あの日”の叫び声を思い出した。

 しばらくして儀式が終わり、暗灰色の魔道士と二言三言話すと、終いだとばかりに早々に地下から地上へと上った。

 薄っすら額に浮かぶ汗を拭い、レインの待つ場所に戻ろうとすると、少し歩いた先に鍛冶屋を見つけた。
 気を紛らわせようと鍛冶屋に入ると、無表情の店主がこれまた無言で剣を打っている。

「…………」

 剣を打つ音を聞きながら、店内の剣を見ていく。ありふれた普通の見た目の剣ばかりだが、実直そうな店主の性格を反映しているのか、強度や切れ味は良さそうな剣ばかりだった。
 ふと、奥にある一振りの剣に惹かれた。
 鍔や握り部分が金色という一見普通の剣だが、柄頭と鍔の中央に嵌っている紅玉が、レインの真紅の瞳と同じ色をしている。

「店主、あの奥にある剣をいただけるか」

「…………」

 こくりと頷いた店主に金貨の入った小袋を渡す。中身を見て目を見張った店主に見向きもせず、紅玉の剣を手に取って、傍にある金の鞘に剣を収めた。

 店主に礼を入って外に出ると、あたりが暗くなりかけている。急いで戻ろうと路地の角を曲がると、銀色の髪がなびくのが遠くに見えた。
 何故レインがここら辺を彷徨いているのか一瞬で理解して、思わず口元に笑みが浮かんだ。

(まったく、見飽きぬ馬鹿者だ)

 待ち合わせ場所とは見当違いな方向に行こうとするレインに呆れながら、それをわずらわしいと思えない自分自身がおかしく思えてしまう。

「満足に約束事も守れんとは、稀に見る阿呆だな」

 振り返った彼女の、誰かを探して今にも泣きそうな瞳に、自分のなにかがぐらつく。
 レインの笑った顔、悲しそうな顔、憂いを帯びた顔、そして今まさに泣きそうな顔。もっといろんな顔を見てみたいと思ってしまう。

「ご、ごめんなさ……」

 ぽい、と無造作に先程買った剣をレインに放り投げる。

「え、ちょ!?」

 慌てて受け取ったレインが目を白黒させて剣を掴んだ。

「これからそれは貴様の剣だ」

「うえ!?」

「素っ頓狂な声を出すな。それを持ってこれからも俺の傍にいろ、良いな」

「!!」

 見る見るうちに笑顔になるレインに、ふっと笑い、背を向ける。

「行くぞ」

「あれ、今笑った? 笑った!?」

 めざとく気づいたレインが走り寄り、嬉しそうにはしゃいでいる。

「うるさい、もう少し女らしく静かにできないのか」

「えへへー、無理でーす」

「開き直るな」


 エクバターナの夜を、二人の男女が並んで去っていく。
 これから始まる長いようで短い二人の戦いを知らずに、月だけが見守っていた。


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