この幸せを熱にすれば



 この手に繋がれた貴方の指が熱い。
 いつもは冷たいそれが熱を帯び、私の手に絡まる。
 あの時とは違う確かな感覚を決して離さないように、私は愛する人の手を握った。




 パルスの暖かな気候とは真逆の土地で、静かに夫と暮らしていた私はこの生活に十分満足していた。
 あまり多く人の住まない場所で慎ましく生き、時折少し離れた隣家の老夫婦とお喋りをする。それだけでなんと幸せで平和なことか。
 最初は慣れない料理も、ご近所のご婦人に習って献立の種類を増やすことができて、あの人に褒めてもらえた。
 今夜はことさら寒くなってきたので、趣向をこらさず普通のシチューを作ったが、あの人はなんと言ってくれるだろうか。鼻歌混じりに食事の準備をしていると、玄関扉が開く音が聞こえてきた。
 自然と頬が緩んでしまう。急いで出迎えると、愛しい人がそこにいた。

「おかえりなさい。……ヒルメス?」

 顔をうつむかせた夫のヒルメスが、辛そうに壁に手をつく。驚いて駆け寄ると、ぐらりと彼の体が傾いだ。

「っ、レイシー……すまない」

「具合が悪いのですか? それともなにか……」

 体を支えれば、熱い息がかかる。
 慌てて彼の額に手を当てれば、息よりも熱い。確実に風邪だと判断して、ヒルメスの体を支えながら寝室に連れて行った。

「もう、体調が悪かったのなら、何故出掛けてしまったのです?」

 連れて行く最中に、実は今朝から体調がかんばしくなかったと言われてため息をつく。寝室について厚手の外套を外して寝台に寝かせれば、彼はごにょごょと言い訳を呟いていた。

「言い訳など聞きません。暫くゆっくり寝ていてくださいな」

「…………」

 なにか言いたそうな目を向けられても、熱で赤くなった顔では怖くなどない。逆に少し可愛いなと思いながら、手ぬぐいと桶を用意する。
 寒空の下で井戸水を汲み、寝台に戻ればヒルメスは疲れたように眠っていた。
 寝台の側に椅子と丸机を置いて、机の上に水の張った桶を置く。手ぬぐい水に浸せば、凍るように冷たかった。手ぬぐいをぎゅっと絞って、ヒルメスの額にのせる。

「ふふっ、可愛らしい寝顔」

 頬に張り付いた髪を手で払い、頬を指でつつく。

「……そういえば、昔は逆でしたね」

 独り言のように語りかけ、毛布の上に投げ出された彼の手をゆっくり握る。
 幼い頃、ヒルメスがまだパルスの王子だった時に王宮を訪れた私は、熱を引いてしまった。
 父の執務室で横になっていた私に話しかけてくれたのが、小さな王子様。私の初恋。

「今度は私が……」

 おそるおそる彼の頬に唇を寄せる。
 あの時は額に口づけをしてくれたが、今は手ぬぐいがあるから頬にしよう。
 胸の鼓動がうるさく鳴り響く中、口づけを落とそうとした時。

「っ!?」

 大きな手が私の後頭部をつかんで引き寄せられ、唇を噛むように口づけられる。

「んっ、んんっ……」

 深く舌を絡めれば、のぼせたように顔が熱く感じる。
 熱でもないのに頬が火照れば、唇を離した彼が笑った。

「……そう、そそる顔をするな。今にも襲いたくなる」

「なっ……!? なにを言っているのですか、ヒルメス!!」

 病人は安静にしてくださいと言えば、強い力で腕を引かれる。

「きゃっ!」

 浮いた腰をすかさず両腕で掴み、寝台に
引き寄せられれば、ぎゅっと抱きしめられる。

「ひ、ヒルメス?」

「どうやら俺は、抱き枕がないと眠れないようでな」

「ええ!?」

 確かに今まで離れて寝たことはない。
 初めて一緒に寝た時、力強い腕で抱きしめられれば、何故か懐かしいような安心感さえわいたのも覚えている。

「もう……」

 緩まない拘束に呆れながらも、彼の腕に包まれて安心してしまう。

「私が風邪を引いたら、今度は貴方が看病してくださいな」

「……気持ちよく介抱すればいいんだな?」

「そうではありませんっ」

「ははっ、分かっている」

 大きな手が髪をすくう。

 ああ、なんてこんなに幸せなのだろう。
 この暖かな幸せが私の胸をいっぱいにしてしまう。

 髪を絡める方とは違う手を、そっと握る。
 いつもは冷たい指が今は熱い。
 今、この幸せを熱にすればこんな感じだろうか。
 幸せすぎて熱にのぼせてしまいそうになる。

 いつのまにか眠ってしまったヒルメスの寝顔を見つめながら、愛しい人の手を握った。

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