隠すことのできない想い



 タハミーネ王妃が後見する前宰相の双子の姉妹が、成人に達する年齢に成長した。
 それと同時に、王妃の護衛・侍女として仕えていた姉妹は王太子の護衛と教育係りとなることが決定、その祝いとして、大将軍邸にて祝宴が開かれることとなり、前宰相と懇意にしていた万騎長や文官達が招かれた。

「ヴァフリーズ様、お邸を騒がせてしまい申し訳ありません」

 盛り上がる広間では各々が酒を片手に語り合い、談笑している。
 万騎長の一人と話していたヴァフリーズは、今回の祝宴の主役の片割れに頭を下げられ、首を振った。

「レイシー、よいのじゃ。王宮におるおぬし達のために祝宴を開くと言われたのは他でもない王妃様である。儂の心配より宴を楽しみなさい」

「ヴァフリーズ様……ありがとうございます」

「それよりも、美しく成長されたのう。今ここに、亡き父君がいればどれほどほこらしげにしていたか。……これは男共が放っておかないの」

 最後にぼそりと呟いた言葉にレイシーは小さく苦笑して一礼する。視界の隅に姉を見つけたのか、彼女は頬を緩ませてヴァフリーズの前から去った。

「さて、儂の甥っ子はこれから出てくる恋敵にどうするものやら……」

 美しくなったのは妹だけではない。
 レイシーに声をかけられて振り返った姉のレインは、妹と瓜二つの顔をして快活に笑う。傍らにいるヴァフリーズの甥は、何も考えていないような顔で笑っていた。


「姉様、こちらにいらしたのですね」

「うん、レイシーはどこにいたの?」

「シャプール様とクバード様でお話をしていたのでが、喧嘩が始まりましたので逃げてきましたわ」

「シャプール殿とクバード殿が共にいたとは、珍しい」

 ダリューンの言葉にレイシーは思い出したように笑った。

「本当はクバード様とおしゃべりしていたのですが、途中でシャプール様が会話に入ってこられたのです。最初は普通にお話ししていたのが、次第に喧嘩になられて……」

「あはは、凄くお二人らしいね」

「ええ、巻き込まれそうになったのでそっと抜け出してきてしまいました」

 ふと、レイシーはレインの手にしている杯に目がいく。中には葡萄酒ではなく紅茶が入っていた。

「まあ、姉様はお酒は召し上がりになってないのですか?」

「え、う、うん……レイシーは、もう飲んだの?」

「はい、クバード様に勧められて少しだけ」

『クバード殿に!?』

 クバードの名前にレインとダリューンが同時に声を上げる。レイシーがきょとんとしていると、レインがオロオロしたように妹の両肩を掴んだ。

「か、顔色はかわってなさそうだけど大丈夫!? 酔って気持ち悪くなってない!?」

「え? 大丈夫ですが……」

「少しとは、どれほど飲んだんだ?」

「……お話ししながらだったので……おそらく五杯ほど、かと」

 レイシーの言葉にダリューンとレインが顔を見合わせる。
 今まで一滴も酒を飲んだことのないレイシーが、クバードの勧めた酒(おそらくかなり強い)を五杯飲んでけろりとしているとは。成人になったとはいえ、酒を飲んだらどうなるかクバード等周りを見てしっていたレインはまだ酒に抵抗を持っていた。

「そういえば伯父が、二人の父君はたいそう酒にお強いと言っていたな」

「そうなんだ……」

 レインがダリューンの話を聞いてじっと卓にある杯を見つめる。なみなみと注がれた葡萄酒を見て、少し飲んで見るのもいいかもしれないと思い始めた。

「じゃあ、私も飲んでみようかな」

 銀の杯を取り、おそるおそる飲んでみる。葡萄酒の香りが鼻をくすぐり、酒の独特な苦味が喉を通る。
 一口二口続けて飲めば、レインは葡萄酒の虜になっていた。

「うん、美味しい!」

 杯を手にしてふわりと笑う彼女に、ダリューンはほっとして自分も酒が入った杯を手にする。

 しばらく幼馴染三人で話していると、レインが杯を空にする速度が速いことにダリューンが気がついた。

「レイン殿、ゆっくり飲んだほうが……」

「ふふっ、だってあまりに美味しいから」

 ほわりと笑うレインの頬がいつの間にか赤い。まるで林檎のようだと思っていると、それよりも真っ赤な目がダリューンを見上げた。

「ダリューン殿は美味しくない?」

 上目遣いで首を傾げる姿に鼓動が跳ねる。

「い、いや、美味いが……」

「そっか、良かった」

 ふふっと笑って杯に口をつけるレインを見て、ダリューンが視線を泳がせていると、レイシーがおかしそうに笑っている。

「どうやらお姉様は、お父様に似なかったようですね」

「……みたいだな」

 ダリューンがレインから目をそらそうとした時、ふらりと金の髪が揺れた。

「っ、レイン殿!?」

「まあ」

 レイシーが目を丸くして二人を見る。
 頬を上気させたレインがたくましいダリューンの胸に抱きついてきたのだ。
 白く柔らかな肌に触れてダリューンが固まると、ふらふらとレインが今度はレイシーに抱きついた。

「お姉様、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」

「それは大丈夫とは言えないと思いますが。ふふ、困ったお姉様ですね」

 ぎゅーっと抱きついていたレインが頬を染めてあたりを見渡す。まさか次に抱きつく相手を探しているのかと、ダリューンが止めようとすると、レインの目が光った。

「隙ありっ!」

「っっ!?」

 本日二度目の抱きつきにダリューンが仰け反る。まさか二度もあるとは思わず、体勢を支えようと体に力を入れ、レインを抱きしめる。

「えへへ、ダリューンが一番抱きつきやすいなぁ」

 そもそもまだ二人しか抱きついていないがという言葉を飲み込んで、ダリューンが剥がそうとすると、急にレインが静かになった。

「レイン殿?」

 彼女の顔を見れば、すやすやと心地よさそうに眠っている。

「すっかり眠ってしまいましたね」

 レイシーがくすりと笑って姉を見つめている。

「これからはあまりお姉様にお酒を勧めない方が良さそうですね。世の殿方のためにも」

「……ああ」

 誰とは言わないレイシーにダリューンが目をそらす。
 この姿を自分以外の男に見せる、又はレインが抱きつく姿を見るのはダリューンにとって耐えられそうにない。

 両親を亡くしてから必死に妹を守るために剣に励んでいるレインを見守り、ずっと彼女を壊さないようにしてきたのに、こうやって温もりを感じていると決心が揺らぎそうになる。

「今夜はこちらに泊まらせていただく予定でしたし、お姉様を部屋に連れて行っていただいてもよろしいですか?」

「わかった」

「お姉様が嫌がることだけは、しないでくださいね」

 抱きついたままのレインを両手で抱き上げなおすダリューンに、レイシーがそう告げる。

 レインの額に張り付いた前髪を払いながら、ダリューンは頷いて広間を後にした。



 腕の中で眠るレインを、来客用の部屋に連れて行って寝台に寝かせる。寝やすいように髪紐を解けば、絹のように滑らかな金の髪が白い寝台に流れた。
 頬は相変わらず、朱色に染まっている。

「……レイン……」

 彼女の上に覆いかぶさるように手をつけば、朱に染まっていない白い首筋が目につく。
 今すぐこの真っ白な首筋に顔を埋めたい衝動が、彼をかきたてる。

 ずっと好きだった。
 幼いころから彼女を幼馴染以上に見ていた。

 数年前、千騎長になったダリューンは彼女に告白しようと決めていた。幼馴染としか見てくれていないレインをなんとか掴みたかった。
 だが千騎長になったと同時に、レイン達の両親が亡くなり、彼女はひとり強くなると決意した。

「この気持ちを、俺はどうすればいい……」

 手を伸ばせば届くのに、掴むことができない。

「……好きなんだ」

 ゆっくりと眠るレインの唇に顔を寄せる。

 我慢など、できるはずがなかった。
 でも、彼女を汚してしまうのがひどく恐ろしい。


 相反する衝動を抑えるように、はじめて口づけを落とす。

 その唇は葡萄酒よりも甘美でいて、よりダリューンを酔わせてしまう。

「いつか、俺の……」

 いつか自分に振り向いてもらえるように、それまで我慢しよう。

 だが今はせめて、口づけだけでも受け入れてほしいと、願う。

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