夢の中の少女



 暖かな日差しが室内に差し込んだ日中。
 幼い王子は宰相室で政について、さらに王族としての責務を宰相リンドバーグに学んでいた。

 ヒルメス王子は手にした書物を広げて歴代の王の名を熱心に見つめている。リンドバーグは王子が指差す王の特徴や、どのような政治を敷いていたのかを分かりやすく解説をしていく。

 ふと、どこからか聞きなれた旋律が二人の耳に届いた。
 宰相にとっては愛する娘であり、王子にとっては密かに想いを寄せる少女の歌声に二人は同時に黙り込んで静かに耳を寄せる。

 まだ成熟していない少女の高い声が鳥の囀りのように可愛らしい。思わずヒルメスが笑みを浮かべると、宰相が物珍しそうに目を丸くした。

「たいそうこの歌を気に入られたようですね、殿下」

「べ、別に……時折庭から聞こえていたからだ」

 宰相の言葉にヒルメスは頬を染めてふいっと顔を背ける。本当は歌ではなく歌い手を気に入っているのだが、そんなことをこの父親の目の前で言える訳がない。

「ふふ、ありがとうございます。殿下に聴いて頂けるとは娘も幸せですね」

「……この歌は、誰かが作った歌なのか?」

「ええ、私の妻が作った歌なんですよ」

 そう言った宰相は幸せそうにはにかんでいる。
 一見優男風の細身の宰相は実年齢より若く見える。父上が以前「あれは童顔なのだ」と笑っておっしゃってしたが、当人はどうもそれが嫌らしい。
 だが実際にこうも年若そうにはにかむ姿を見ては童顔と言われても仕方ないと思う。

「確かそなたの妻はマルヤムの王妹だったか、ならばあれか、”政略結婚”とやらか」

「いいえ、私の一目惚れだったんです」

 カタンと、宰相が机の端に手をついて懐かしそうに目を細めた。手をついた拍子に肩に垂らしていた三つ編みが小さく揺れる。
 赤銅色の髪に真紅の瞳の宰相は過去を思い出すように瞼を閉じた。


「私が使者としてマルヤムに赴いたときに、偶然にも当時内親王であった妻と出会いました。身分違いの恋だったためよく忍んで行ったものです」

 いろんなことがありましたと笑って言うリンドバーグだが、身分違いの恋ならば障害は多かっただろう。
 そしてその時に内親王自らが歌を作ったという。時折悲しい歌に聴こえる理由が少しだけわかった気がした。

 たとえどんな障害があったとしても手に入れたいものーー。

 もしも金の髪の少女が自分の手の届かない所にいたならば、ヒルメスはどんな手段を使ってでも自分の手元に置きたいと思ってしまうだろう。
 物陰から見る彼女の微笑みが忘れられないから……。


「いつか殿下にも大切な女性が現れますよ」


 宰相の言葉に王子は頬を赤らめながら陽の光に包まれて微睡む。
 本当はとうに現れているが、幼い少年王子にはまだ照れ臭くて仕方ない。

 暖かな光に照らされて夢見心地にうとうとしていると、沈んでいた思考が浮上した。



「…………」

 ここは幼いヒルメスがいた時の輝く宮なのではない。
 憎きアンドラゴラスに統治され、そしてルシタニアにより陥落させられ落ちた王都にある彼の館だった。

(俺はいつのまにか眠っていたのか……)

 窓から明るい光が差し込み眩しい。
 確か昨夜はペシャワールから王都に戻り王宮にいるルシタニアの王弟と話をし、地下牢のアンドラゴラスを見に行って……館に戻って早々に寝台に直行したのか。

 仮面と外套も無意識にとっていたらしい。
 ふと隣を見ると金の髪の女が眠っていて思わず目を見開く。
 夢の中で想っていた少女をそのまま成長させたような女は、陽の光に照らされて髪がキラキラ光って眩しく見える。

 想い人の妹である彼女を攫って王宮の一室に軟禁してから一つしかない寝台を共に使っていたのだが、この館に居を移してからもヒルメスは彼女に与えた部屋に忍び込むように共に寝ていた。

 といっても先に寝ている彼女の隣に潜り込み、朝早くに出るため直接話すことはないし、館内で会っても冷たい銀の仮面のように辛辣な言動しかできない。


 安らかに眠る彼女をおそるおそる腕の中に閉じ込めるように抱きしめる。
 この柔らかな温もりを、いつしか手放させないでいることに自分でも気がついてはいる。
 夢の中の面影が重なり、違う人物であるはずなのに触れていたいと願ってしまう。


「リンドバーグよ、俺は……」


 俺はただ夢の中の少女の身代わりを欲しているだけなのか。
 それともこの腕の中で眠る存在が欲しいのか。

 もうわからなくなっていた……。

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