告げられぬ想い


 
 幼い頃から見守ってきたお転婆姫。
 体が弱い癖に王宮に潜り込んではまだ見習い兵だった俺に捕まえられていた。
 いつからだろう、このあどけない少女を守りたいと思ったのは。
 いつからだろう、この想いを秘めるようになったのは……。

 想いは今なおーー。



 暖かな日差しが差し込む昼過ぎ、王宮にある四阿(あずまや)で繕い物をしているレイシーをシャプールが見つけた。
 近づいてくる足音に気がついたのか、レイシーが振り返り朗らかに微笑む。

「シャプール様」

「レイシー……繕い物か?」

「ええ、アルスラーン殿下が剣のお稽古中に裾を破かれたので」

 手元にある衣服に視線を落とすと、彼女は自分の流れる汗に気がつき、手巾を取り出して「どうぞ」と差し出してきた。

「鍛錬お疲れ様です、お怪我などはされていませんよね?」

 手巾を受け取りどかりと四阿の長椅子に腰掛ける。少し距離を置いて座ると、小さく笑われた。

「別に怪我などしていない……何を笑っている?」

「いいえ、なんでもありませんわ」

 どうせ「相変わらず堅物な人」と思われているのだろう。手巾で汗をぬぐいながら破れた衣服を繕っている姿を眺めると、なかなかの手際の良さに感嘆する。

「意外と器用なんだな」

「まあ、意外とはどういうことですの」

「王家に連なる姫は、匙より重たいものは持たないと思っていた」

「それは偏見ですわ。確かに私はマルヤム王家の血筋ですが姉は剣を持ち、私はーー」

「私は?」

「……このように針を持っております」

 上質な素材出てきている衣服を撫で、これを着た幼い王太子を思い出すようにこちらに視線を向けてくる。

「王家の血筋といえどそれはあくまでマルヤムの血、ましてや両親は既にこの世にいないのです。引き立ててくださった王妃様の為にも、王太子殿下のお役に立てるようなんでもいたします」

 意思の強い瞳に見つめられて思わず口元に笑みが浮かぶ。マルヤム王家の血に驕ることなく、自らの力でパルスの王家に忠義を尽くしている少女に宰相として国を支えていた父親の面影が重なった。

「……お前は強いな」

「え?」

「いや、姉共々女にしては気概がある」

「……それ、褒めていますの?」

「ああ」

 素直に頷くと、レイシーは納得いかないような顔をしながら少し嬉しそうに頬を緩ませている。相変わらず可愛い表情をする。

「気概を認めていただるなら、一つお願いしても良いですか?」

「急になんだ」

「シャプール様の穴だらけのそのお洋服を是非私に繕わせてくださいな」

「は!? 何故そうなる」

「先程からずーっと気になっていたのです」

 指をさされた場所を見れば確かに剣先で破れたような穴がそこかしこにある。毎回のことなのであまり気にしていなかったが、なかなかに目立つ。

「やはり気づいていなかったのですね」

 頬に手を当ててはあと溜息をつくレイシーにくどくどと説教をされ、いつの間にか繕うことが決定していた。

「終わったら侍女を通してお渡しいたしますね」

 破れた上着を手に、満面の笑みのレイシー。
 昔からそうだが彼女は何か思いたつとかなり強引になる。
 有言実行のリンドバーグ……これだけは似なくても良かっただろうに……。


 それから何故か定期的に衣服を繕ってもうようになった。
 日課になりつつある今日も、侍女に破れた衣服を渡す代わりに繕い終わった上着を受け取る。
 破れた箇所がどこかも分からないほど綺麗に直った上着を見て、折りたたんである所を開くと羊皮紙の切れ端が出てきた。

【クバード様とまた喧嘩をしたと聞きました。あまり言い争いをしていますと私が怒りに行きますからね】


「……やりそうだな」

 そんな場面を想像をして笑ってしまう。まったくどこの小姑か、服を繕っては説教や他愛のない話を羊皮紙に綴って寄こしてくる。だがそれも悪くないと笑みを浮かべると、はたと周りを見渡して誰もいないか確認をしてしまう。

「誰もいないか……」

 こんな所をクバードあたりに見られたら一生の恥だ。息をついて急いでその場を立ち去った。


 * * *


 その日の夕方、鍛錬を終え何気なく四阿に足を運ぶと夕陽に照らされた金の髪が見えた。

「レイシー、今朝の件をどこでーー」

 四阿の中に足を踏み入れレイシーを見下ろすと、彼女は疲れているのかうたた寝をしていた。

 すとんと長椅子に座り隣の少女を見つめる。腰まである金の髪は夕陽の色で朱く染まり、小さく開いた唇からは規則正しい寝息が聞こえる。手元を見ると今朝侍女に手渡した衣服を握りしめていた。

「…………」

 恐る恐る髪を撫でると、レイシーの顔がほころんだような気がする。安らかな寝顔を見つめていると、彼女がこつんと肩に寄りかかってきた。
 近い距離に思わず固まるが、当の本人はすやすやと可愛い顔をしていまだ寝入っている。自分だけ緊張しているのがなんだかおかしく思えてきた。

 男より一回りも小さな手に指を這わせ包み込むように握る。細く白い指にはいくつかの赤い痕があった。

「…………ありがとうな」

 握りしめた手を掴み唇を寄せる。

 最大の感謝を、お前に。
 この微睡むような幸福が続くように……。

 次の戦にはこの繕われる服を着て挑もう。そして無事お前の元に戻れたらーー。

「いつの間にか俺はお転婆な姫にほだされていたようだな」

 堅物と言われる俺を変えられるのはきっとお前だけだから。

 今まで言えなかったこの想いを告げられるように。

 次こそはきっと……。

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