たとえ嘘でぬりかためようとも



 自室で鏡を見ながら火傷痕に香油を塗っていた一人の男は己の醜い顔を見つめた。

 鏡で己を見るのは苦痛でしかなかった。
 焼け爛れた顔半分が目に映るたびに憎しみが膨れ上がり、忌々しい記憶が蘇る。
 だが、今脳裏に浮かぶのはあかい紅蓮の瞳。

 城下で素顔を見られた時の、すくんだような恐怖する目が頭から離れない。
 あの後衝動のままに自分のものにしたが、香しく匂い立つその存在に彼は溺れていた。

 たった一夜のことが何故忘れられないのか?
 そんなにあの身体が快かったのか、それともただ身代わりとしてあの少女の面影を見ていただけなのか。それとも……。

「失礼いたしま……ひっ……」

「!!」

 何かが落ちたような大きな音に我に返った男が振り返ると、召使いの女が震えながら立ちすくんでいた。

「あっ……」

 戦慄く女を見ると、落ち着いたように思考が冷えていく。

「……それほど醜いか」

「っ……」

「どうした、それほど醜いか」

 ずいと怯える女に近寄ると、視界に金色の髪が舞った。

「やめて!」

 間を割って入るように現れたのは紅蓮の瞳を持った女で、召使いを守るように男の前に立ちはだかる。

「さ、行って」

「も、申し訳ありませんっ」

 女の言葉に召使いが泣きながら逃げて行く。
 召使いから女に視線を移せば、威嚇しているつもりなのかキッと睨みつけている。

「……なんのつもりだ」

「あの女性を助けただけです」

 一歩も引かないかのように、彼から目を離さない女の瞳が光る。
 そう、その瞳が彼の胸を高鳴らせるのだと知らずに。

 思わず女のおとがいをつかんで顔を近づけると、彼女はビクついたように目を見開く。

「俺が恐ろしくないのか」

「……いいえ、恐ろしくなどありません」

「ほう、言葉のわりには震えているが?」

「っ、そんな……こと……!」

 強がりながらも決して目を離さない女に笑みが浮かぶ。
 体を引き寄せて噛みつくように唇を合わせると、彼女が抵抗するように男の胸を叩いた。

「んっ、やっ、やめてっ!!」

 唇を離すと頬に鋭い痛みがはしり、肩で息をする女が悔しそうに睨んでくる。

「私をお姉様の身代わりになどしないで!」

 ああ、いつからだろうか。男がその怯える瞳を、睨みつけてくる瞳を、泣きそうな瞳を、手に入れたいと渇望したのは。

「私は貴方の玩具じゃーー」

「貴様はただの人形だ」

「っ!!」

 ああ、なにかが壊れた音がした。

「わ、私は……私は……」

「”レイン”」

「ーー!!」

 今にも泣きそうな、傷ついた瞳が彼を見つめる。

 そう、ずっと俺を見ていればいい。
 身代わりでなければ手に入らないのならば、それでいい。
 彼が求めているのは過去の妄執ではなく、今目の前にいる輝きなのだから。

「名前を呼んで」

「レイン」

「……違う、違うの……」

 ああ、ああ、狂っていく。
 嘘でぬりかためられた囁きによって……。


 * * *

 陽の差さない地下に、その美しい人形はいた。

 闇のなかでも輝く金の髪を高く結い上げ、白い絹のドレスから見える白い足首には銀の鎖が付けられている。

 ぼうっとした瞳の人形が小さくなにかの歌を口ずさんでいると、カツンと、こちらに降りてくる足音がして金の人形が青ざめた。
 ぴたりと歌が止まると足音が近づいてくる。

「………」

「レイン」

 闇の底から響くような声に人形が身じろぐ。寝台に座っていた人形は部屋に入ってきた男から逃れるように、顔を背けた。

「どうした、気分でも悪いのか?」

 衣擦れの音にびくりとすると、後ろから囁かれる。ギシリと寝台が軋み、男が後ろから覆うようにシーツに手をつく。

「昨夜は酷くしすぎたからな」

 思う以上に甘ったるい声で囁かれて、羞恥で頬が染まる。
 人形が決して己に心を開かないと思っている男は、背後から頤を掴んで顔を上向かせる。自然と首筋から肩が露わになり、その白い肩に口づけを落とした。

「っ……」

 男の口づけに胸が甘く疼く。でもそれを認めたくなくて、人形は頤を掴む男の手を振り払った。

「お願い……もう、やめて」

 男から背を向けたまま震えるようにそう呟くと、背後から怒気が立ち上りぞくりとした悪寒に身をすくませる。

「まだ、理解していないようだな」

 強引に腕を掴まれて反転する。男の顔を見上げると、歪んだ色をした瞳と目が合い、次いで酷い火傷痕に視線が移る。

「この身体の全ては俺のもの、拒むことなど許さない」

「…………」

 彼女が地下に監禁されるようになり、夜な夜な求められるままに愛され、人形は神経をすり減らしていた。

「んっ……」

 貪るように唇を吸われ、舌が絡みつく。
 頬を上気させる人形のなんと艶やかなるか、思わず自分の唇を舐めた後に白い首筋に唇を寄せる。
 すでに昨夜の情事で赤い花弁がいたるところに咲いているが、それをまた上書きするように噛み付く。

「っ……はぁっ……」

 熱い吐息をついた人形の瞳が濡れ、白いシーツに雫がこぼれる。
 快楽の涙なのか、悲しみの涙なのか、それとも歓喜の涙なのか、もう人形本人にもわからない。ただ一つ分かることは、”姉の身代わり”で身体を求められることに次第に悦びを感じているということだけ。

「…………ああ」

 認めたくなどなかった。
 それでも”愛されていると”いう事実に悦び、このまま堕ちてもいいとすら思ってしまう。

 身代わりでなければ愛されないのならば、男の中の”レイン”でいても、いいのかもしれないとさえ……。

 永遠に逃れられない暗闇の中で、彼女は彼をーー。


(あいして、しまうの……)


「…………」

 快楽の果てに気を失った人形を抱きしめ、男がゆっくりと乱れた髪に口づけを落とす。
 

「……愛している」

 耳元で囁いても人形は決して微笑むことはない。
 それでも彼は何度も何度も、囁いた。


「愛している…………レイシー」


 たとえ、嘘でぬりかためても、決して手放すことなどできはしない。

 身代わりでなければ愛することができないのならば、そうしよう。

 それすらも、愛のかたちなれば……。


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