03.出会った彼の本当の顔
カーテンの隙間から差す日差しに、布団の中で金の髪がもぞりと動く。それと同時にスマホのアラームがタイミング良く鳴った。
「……ん……」
手を伸ばしてベッドの横にあるサイドテーブルからスマホを取る。アラームを止めると、金色の髪がふわりと波打って女が起き上がった。
ベッドから出ていつものように台所でやかんに水を入れて火にかける。洗面台で顔を洗うと、スマホの着信音が聞こえてきた。
タオルで顔を拭いながらテーブルに置いていたスマホを見る。画面には親戚の伯母の名前が映っていた。
「もしもし」
『もしもし、レイシー久しぶり』
「お久しぶりです。どうしたんですか?」
『ふふっ、貴女に良いお話があって』
「はなし、ですか?」
片手でスマホを耳に当てながら、戸棚からティーセットを取り出す。今日はなんの紅茶を飲むかと考えながら色々な種類のリーフ缶を眺めて、レディグレイにしようと缶を持つと、伯母が楽しそうにとんでもないことを言った。
『今日のお昼に会いたいの。良い人を紹介したくて』
「まさか、それって……」
『ええ、お見合いよ』
ずるりと、レディグレイのリーフ缶が手から滑り落ちる。
「っ!」
床に落ちた缶は運良く蓋が開かずに倒れており、慌てて拾い上げると電話越しの伯母が場所を指定してきた。
『そこのレストランに来て欲しいの。好青年だから、きっと貴女も気にいるわ』
「いや、あの、お見合いって」
『あ、お仕事はね、お父さんの部下だから警察官よ』
「別に仕事の心配をしているわけじゃなくて……」
『じゃ、待ってるわね!』
ウキウキとした声を最後に通話が切れる。無言のスマホを恨めしげに見つめ、レイシーは溜息を吐いた。
* * *
指定された時刻の数十分前にとあるレストランの前でスマホを見つめた女がいた。
長い髪を三つ編みシニヨンに結わえ、ブルーのワンピースドレスで着飾っているレイシーは、観念してように溜息をまたついてレストランに入っていく。
待合室には伯母が笑顔で待っていた。
「急に呼びつけてごめんなさいね。でも当日じゃないと貴女に逃げられると思って」
ウィンクをした伯母がこっちよと手招いてエレベーターに向かう。
「お相手はお父さんの部下だから公安警察の人で、年齢は二十九歳よ」
エレベーターの中で楽しそうに喋る伯母に苦笑するしかない。公安警察という言葉に彼女が内心警戒すると、エレベーターが止まった。
「こっちよ」
「まさか個室なんですか……」
奥を進んで行くと、レストランの従業員に扉の前で深々とお辞儀をされる。
「こっちは公安の上層部に、相手は公安のゼロ所属。それなりの場所じゃないとね」
ふふっと上品に笑った伯母の顔が警察官の妻の顔に見えた。
「急で悪かったと思っているわ。でも、私たちは妹の忘れ形見の貴女達の幸せを願っているのよ」
「……だったら、姉さんでもいいんじゃ……」
「お姉ちゃんには断られちゃったから」
悲しそうに微笑む伯母にもう何も言えなくなる。
彼女は幼い頃に両親が亡くなって、唯一の肉親だった姉と二人きりになってしまった。それを引き取って育ててくれたのが伯母夫婦なのだ。その恩を忘れてはいない。
従業員が静かに扉を開ける。
ゆっくり入ると、中に一人の青年がテーブルを前に座っていた。
「え……」
彼の瞳がこちらを捉えて互いに目を見開く。
褐色の肌に、金の髪。水色の瞳は間違えるはずのない。彼女の所属する組織の探り屋。
「バーボン……」
「ミスティ……?」
何故、彼がここにいるのか。
伯母が言っていた公安警察という言葉が脳内を巡る。
互いにじっと見つめあって、何を言うべきか言葉を探す。
「じゃ、後は若い二人に任せるわ。じゃあねレイシー!」
「え、まっ……!」
伯母が笑顔で出て行く。
呆然と扉を見つめて、口をつぐむ。
後ろにいる彼に顔を見られたくなくて振り向けなかった。
「…………座ったら、どうですか」
声をかけられてゆっくりと振り返る。
その場に突っ立っていても何もならないと考えたレイシーがおずおずと椅子に座った。
順番に料理が並ばれてくる。
グラスに注がれるワインを見つめてレイシーは口ごもった。
「その……」
「……名前を教えてもらえますか。本名を」
いつも微笑んでいたバーボンが無表情でグラスを持つ。もちろん自分も名乗りますよと言われて、レイシー……ミスティが名乗った。
「レイシー・グレイよ」
「僕は降谷零といいます」
降谷零という名前を小さく口で反芻する。突如としてバーボンの本名を知ることになり、何故か急におかしく思ってきた。
「秘密主義の貴方の正体が公安警察だったとはね……」
さっきまでの衝撃が落ち着いて、いつものミスティの口調に戻る。
「僕も驚きましたよ、貴女のご親戚が僕の上司だったとは」
くすりと笑い合い、ワインを口にする。
互いに探り合うように目を見つめ合った。
秘密主義のバーボンの本当の姿。
いつも笑みを浮かべた青年の本来の姿を見つけるように、ミスティいやレイシーは微笑んだ。
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