06.優しい時間



 あの雨の日から数日後、自室でリンが仕事をしているとスマホが鳴った。
 パソコンから目を離したリンがスマホをタップすると、メッセージアプリに沖矢からのメッセージがある。

「あ、これって……」

 内容は前に言っていた工藤邸の図書館を見に来ていいとのことだった。どうやらコナンに相談したら工藤新一と連絡をとってもらい承諾されたという。

 もう夕方になるが良かったら今からどうだろうかと書かれてあり、リンは良い気分転換になると思って直ぐに返信した。

「お誘いありがとうございます。是非今から伺いたいですっと」

 仕事でパソコンと向き合ってばかりだったため、誰かの家に遊びに行くのはとてもワクワクする。しかもあの本の山の工藤邸なら尚更だ。

 疲れた顔を鏡で見て苦笑しながら化粧をする。身支度を済ませて家を出ると、工藤邸の門の前で沖矢が立っていた。

「沖矢さん! すみません、お待たせして」

「いえ、構いませんよ。女性を急に呼び出したんです、支度の時間はしっかり待ちますよ」

 笑みを浮かべた沖矢に案内されて門を通る。玄関に入ると、早速図書館の方に案内された。
 本特有の匂いが部屋の中に漂い、ずらりと高く並んだ本棚の数に圧倒される。

「すっごい……前に見たのと全然変わってない」

「一応工藤さんから本を読む代わりにホコリも払っておいてほしいと言付けられたので、すみませんがお願いできますか?」

「もちろんですよ!」

 沖矢からはたきを借りてリンが本棚に向かう。軽く周辺にある本のホコリを払いながら、興味を惹かれた本に手を取った。
 熱心に本に目を通すリンを見た後に沖矢もはたきを持つ。二人とも一言も喋らずに静かな時が流れた。

 ホコリを払いながら本を手に取るということを繰り返しながら、リンが読んでいた本を元に戻す。さて次は何を読むかとはたきを動かしていると、あるタイトルに目が行った。

(ちょっと遠いけど……取れるかな)

 高い場所にあるその本に腕を伸ばす。
 つま先立ちで一生懸命手を伸ばしていると、ふと背後に沖矢が立った。

「この本ですか?」

 すっとリンが取れなかった本を手にして渡される。上から見つめられる体勢になり、リンの動きが止まった。

「あ……ありがとうございます」

 近い距離に雨の日の感触が蘇ってくる。
 思わずリンの頬が朱色に染まると、沖矢がくすりと笑った。

「だいぶ熱心に読んでいましたが、それを読み終えたら休憩しませんか?」

「は、はい。そうですね、ちょっと疲れてきたし……」

「良かったら夕食を一緒にどうでしょう。昨夜作りすぎて余ったシチューがありますので」

「え、いいんですか? お夕飯までご馳走していただくなんて」

「はい、せっかくリンさんと仲良くなれたんです。是非いかがでしょうか」

「じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」

 リンが頷くと、準備をしてくるから本を読んで待っていてほしいと言われる。
 言われたとおりに机に本を置いてゆっくり椅子に座る。さて最後に読むかと本をめくろうとした時、なにかの香りが鼻をくすぐった。

(……え?)

 座っている周りから微かにタバコの匂いがする。本棚では感じなかったそれにリンが首をかしげた。

(沖矢さん、タバコ吸っているんだ)

 少し意外だなと思う。さらに本の香りにもかき消されていないということは、ヘビースモーカーか。彼がタバコを吸っている姿を想像してリンは新しい一面を発見した気がした。

 そしてしばらく本に目を通していると、沖矢が戻ってきて準備が出来たと言ってキッチンに案内される。

「うわっ、良い匂い!」

 美味しそうなシチューの良い香りがする。テーブルにはシチューとサラダが並べられていた。

「どうぞ、お口に合えばいいんですが」

 椅子に腰掛けると、コップにお茶を入れてきた沖矢が向かいに座る。いただきますと言ってスプーンでシチューをすくう。
 ごろころとしたじゃがいもを口にすると、柔らかく煮込まれて味が染みている。

「んっ、美味しいです!」

「良かった……。昔はあまり自炊していなかったんですが、こちらに引っ越してから料理が好きになりまして。まだ不出来ですが、少しでもお口に合ったようで良かったです」

 心の底からホッとしたような沖矢の表情にリンも嬉しくなってくる。
 慣れていないのか、具材は綺麗に切れてあるけれどなかなかに大きい。それでも一生懸命作ったのが料理から感じで、リンも自分が料理し始めた頃を思い出して微笑んだ。

「そうだったんですか。あまり料理をしてきていなかったんですね」

「はい。いつも外食かコンビニ弁当ですませていて」

 お恥ずかしいと言って苦笑する姿がなんだか可愛らしく見える。

「ふふ、じゃあ今度は私が沖矢さんにお料理を振舞いますね」

 なんとなくそう口に出してはたと止まる。
 料理を振る舞うということは、彼を自宅に上げるということだ。あまり自分から友人男性を家に誘うことのないリンは、何気なく口にしたことが急に恥ずかしくなってきた。

「いいんですか?」

「わ、私で良ければ」

 でも嬉しそうする沖矢を見て自然と頷いてしまった。

「僕こそリンさんの料理を食べてみたいと思ったので、嬉しいです」

 そう微笑まれてはもう何も言えなくなる。

 さていったい何を作るか……。
 自分の得意料理を頭で羅列しながら、リンはシチューを口にする。

 なんとなく、さっきよりもシチューが美味しく感じられた。
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