02.秘められた心
喫茶ポアロの真上にある探偵事務所。
そこはあの眠りの小五郎で有名な毛利探偵の事務所だった。
「えーっと、この文法はこうなるはず……」
事務所の一室で英語の教科書を見ながら一人娘の毛利蘭が、リンと一緒に勉強していた。机の上で教科書とノートに向かってシャーペンを動かしている。
蘭の英語の家庭教師をしているリンはこうして週に数回、毛利家に足を運んでいた。
「うん、そう。それであってるよ」
スペルの間違いがないかリンがノートを確認すると、蘭が疲れたように息をついた。
「蘭ちゃん、そろそろ休憩する?」
リンの言葉に蘭がホッとしたように頷く。お茶でも用意しますね、と台所に向かう後ろ姿を見送ると「ただいまー」と少年の声がした。
「あれリンお姉さんだ!」
「コナンくん、お帰りなさい」
毛利探偵に預けられている江戸川コナンという少年に挨拶すると、後ろから女の子が現れた。
「蘭いるー?」
茶髪のボブにカチューシャが特徴的な女の子の目が合う。
「あ! リンさんじゃーん!」
「園子ちゃん、久しぶりだね」
「え、園子? どうしたの急に」
台所から二人分のお茶を用意してきた蘭が女の子を見て目を丸くする。毛利蘭の親友である鈴木園子とは、数回だけあったことがあるが、あの鈴木財閥のお嬢様とは思えないほど快活でお調子者の女の子だ。
「買い物帰りにガキンチョと近くで会ったから、一緒について来たの。もしかして勉強中だった?」
「ありがとう園子。ちょうど今休憩するところだったから、一緒にお茶する?」
「するする!」
「ぼくもー!」
園子が蘭のいた場所の隣に座り、コナンがリンの隣に座る。蘭が二人分お茶を追加すると、園子がにやにやとこちらをみてきた。
「リンさんホント久しぶりだよねー。相変わらず美人で羨ましいなー」
「ありがとう、園子ちゃん」
「ね、彼氏とか今いるの!?」
やはり女子が数人集まれば話のネタはそういう風になる。えー、とリンが苦笑するとどうなのと顔を近づけてきた。
「学生の頃はいたけど、あんまり続かなかったし、今は残念ながらいないよ」
「うっそまじで!? 意外ー!」
「園子ちゃんはどうなの? 蘭ちゃんには新一くんがいるけど、確か園子ちゃんは……」
新一という名前に蘭の頬が少し赤くなって、隣のコナンが身じろぎをする。園子は聞いてくれましたと言わんばかりに頬に手を添えて満面の笑みを浮かべた。
「京極真さんと遠距離恋愛中です!」
キャーっと恥ずかしそうに体を揺らす園子に蘭とコナンが苦笑いしている。
「へぇ、遠距離恋愛なんだ」
「そうなのそうなの! 真さんって超かっこよくて誠実で、パーフェクトに素敵なのー!!」
スマホで写真を見せてもらうと、確かに実直そうな青年だ。出会いから馴れ初めまで今節丁寧に説明され、お茶を飲みながらうんうん頷く。ひとしきり真さんの良さを力説し終えると、園子は机に膝をついてリンを見た。
「でもリンさんに彼氏いないとか勿体ないよねぇ、英語も日本語も完璧なハーフ美人さんなのに」
「そうかなぁ……」
曖昧に微笑むと、きらんと園子の目が光った。
「もしかして、好きな人がずっといるとか!?」
「えっ!?」
珍しく狼狽えるリンに、蘭とコナンが顔を見合わせる。正解!? と聞く園子にリンは仕方なく頷いた。
「まあ……好きというか、忘れられない人がいるというか……」
これが恋かどうかはわからないが、ずっと目に焼き付けて離れない光景がある。
長くて黒い髪に、鋭い瞳。
自分を助けてくれた人物の顔を思い浮かべると、園子がさらに顔を近づけてきた。
「なに!? どんな人、どんな人!?」
「アメリカで、私を助けてくれた長髪の男の人なんだけど……」
六年前に会った事件のことを説明する。FBIの彼の話になると、コナンがぴくりと反応した。
「リンさんその人に助けられたんだ! 名前って聞いたの?」
コナンの何気ない問いに赤井秀一と名乗ったと答えると、そうなんだとにこにこ笑っている。
「六年も前だし、相手は私のことなんて忘れてると思うけど……やっぱり助けられたことが忘れられなくて」
「ひゃー! もうそれ恋じゃん! 恋!!」
「うん、私も恋だと思う!!」
「恋、なのかなぁ」
園子と蘭の言葉にリンが呟く。
確かに、会えるならもう一度会ってみたいとは思う。
あの時のお礼が言いたい。そしてできるなら……。
できるなら、彼のことを知りたいといまでも思っていた。
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