さぎょうさん、かぎょうに

「なまえちゃん、連れ込み宿に行きたい」


この人はまたしれっと私の知らない単語を使う

私たちには五百年というとんでもないジェネレーションギャップがある以上仕方がないのだが

しかし連れ込み宿ってなんだろう
おもむろに携帯を開き検索をかける


「…これまた直球ですね」

「やっぱ移動はなまえちゃんに頼らないといけないし
捻ってもあれかなって。勿論お金は私が出すから」


断る理由も思いつかないし
結局私は車を走らせる事にした



─────────



ここが都会ならおもしろい部屋もあったろうに

私たちが向かったのは連れ込み宿
つまり現代で言うところのラブホテルだ

部屋の割に無駄に大きなベッドがこの部屋の一般的な使用目的を伺える


「雑渡さん、お風呂は…」

「後で良いよ」


相変わらず年の割には元気な人だ

元々そこまでしてはいないが
喜八郎が来てから回数はより減ったのだからたまっていたのだろうか

少し乾燥した唇が私の口を塞いだ

包帯の感触と
普通の人とは違う肌の凹凸に触れるキスにもすっかり慣れてしまった


「あ、そうそう」

「なんです?」

「私左耳聞こえないから
あまりそっち側で囁かないでね」

「は?!片耳聞こえないなんて初耳ですよ?!」


出会ってからすでに半年以上経過している
そんな中まさか身体的な障害があったなんて知りもしなかった

片方の耳が聞こえるならそんなに問題はないのだろうか

いや、でも単純に考えて私の半分しか聴力がないのだ
何かしらの不都合はある筈だ

それこそ左耳のところで囁くとか
とりあえずもっと早く言ってくれても良かったと思う


「そりゃ言ってないもん」

「ないもん、じゃないですよ…」

「別にそれで困った事も無かったでしょ?」

「そうですが…
でも何でこの状況で?」

「何となくだよ」

「はぁ」


どれだけ同じ時間を過ごしても
どれだけ体を重ねても

この人はつかみ所がなく
未だによく分からない所が多い


─────────


「本当はね、後ろからとかもしたいんだけど」

「っ…はぁっ」

「顔が見れないのも口吸い出来ないのも嫌なんだよねぇ」


雑渡さんとの行為は正常位にしろ座位にしろ
必ず向かい合っていた

押し寄せる快楽に対して思わず衝動的に抱き締める度
雑渡さんの肩に乗せた顔を引かれ口を吸われる

顔を見合わす度
私と違い余裕のある表情の雑渡さんをずるく感じた


「…っ、女子みたいな事…っ言いますね」

「おじさんこう見えて雰囲気は大事にしたいんだよ」

「そうですっ…か…」


誘い文句が連れ込み宿に行きたいだった人の口から雰囲気なんて言葉
なんだかおかしい


「…もう、限界」


絶頂に向けより激しく腰を打ち付けられ
私も思わずしがみついた

少し久しぶりで
彼も余裕がないのだろうか
いつものように
顔を離される事はなく
私の視界には天井が広がる


「雑渡…さん…っ」


その場の雰囲気で思わず囁いた

名前を呼んだ後に口したたった二文字の言葉

私たちの間で禁句のような
どちらかが言い出した訳ではないが
口にしてはいけないと思えた言葉

彼は最初からこれが狙いだったのだろうか

左耳元で囁いた言葉は行為によって発する音に紛れ
彼には聞こえなかっただろう

それで良いのだ

この言葉は
彼の耳にさえ届かなければ問題は無い


好きなんて二文字


冗談なら言える
今まで何回か言った事もある

けれど今この状況では
聞かれてはいけない

今まで行為の中でも言った事も言われた事もない


私たちの中では禁句であり呪いの言葉だ


そのまま射精した雑渡さんは私に優しく口付け
また抱き締めてくれた


彼は本当に大人だ
私なんかよりずっと

ごっこ遊びがお上手なのだから