底の無い海

みかんの美味しい季節です


「なまえちゃん、ご近所さんにみかん貰ったよ」

「え、またどうして」


喜八郎と随分仲良くなってから私は離れに居座る時間も増えた
二人のどちらかが休みの時は離れに遊びに来て今のようにのんびりと過ごす事も多い

茶の間で寝転がってる私に対し思い出したかのように雑渡さんはみかんを持ってきた

鮮やかなオレンジ色をしたそれは程良く熟れ美味しそうだ


「畑の時お世話になった人に貰ったんだよ
お礼に雪かきを手伝ったら大層感謝された」

「あー、あそこ年寄りしかいないからなぁ
雪かきして貰えるのは助かりますからねぇ
しかし雑渡さんの方が私より近所つきあいしてます」

「人に取り入るのも忍術なんだよ」

「そういう事言わないでください」


雑渡さんは以前から近所の人と地味に交流を重ねていた
力があり、手先も器用な雑渡さんは年寄りには難しい作業を手伝っては感謝されてると聞いたが
喜八郎といいこの二人は本当に適応力が高い


「なまえさーん、僕穴掘ってきまーす」

「はいはい
きちんと暖かくして行くんだよ」


太陽はまだてっぺんにも達していない
昼食前に一穴堀に行く喜八郎を見送り
またのんびりとした時間を楽しむ事にした


─────────


(うん、よく掘れた)

「相変わらず見事な穴だねー」


太陽が真上に来る頃
昼食前に喜八郎の様子を見に来たが相変わらず見事な穴がそこには出来ていた

深く降り積もった雪のおかげで白い穴だが
もう少し掘り進めれば土が見えそうだ


「僕学園では穴掘り小僧とか、天才トラパーとか呼ばれてるんです」

「そうか、喜八郎は凄いね
しかしこれだけの穴ならかまくらになるんじゃないかな」

「僕の知ってるかまくらはこんな形じゃないです」

「竪穴式はそんなに見ないからね
でもこれなら一人用かな」


一般的なかまくらの形とは違うが
こういう形のかまくらも小さい時は作って遊んだものだ
雪かきの結果堆く積まれた雪を当時は必死に掘り進んでいた

しかしこの年になってまたかまくらに触れあえる機会が生まれそうになるとは


「じゃあ僕次はもっと大きなかまくら掘ります」

(この穴を大きくしようって選択肢はないんだな)


次なる目標を定め
喜八郎は場所を変え再び穴を掘り始めた

本当に穴堀りが好きなのだな
お腹は減らないのだろうか


「喜八郎君は相変わらず見事な穴を掘るねぇ」


これだけ雪が降り積もる中
足音もたてずに私の背後から穴をのぞき込む彼は本当に出来た忍者だ

穴を掘る機会の無い私には穴の善し悪しはそこまで分からないが
本職の忍者が言うのだ
喜八郎の穴はやはり凄いのだろう


「おや、雑渡さん
凄いですよねー、こんな深い穴排雪も大変でしょうに…あ」


改めて穴をのぞき込んだ時だ
首に巻いていたマフラーが重力に沿ってゆるみ
そのまま穴の中へと落ちてしまった


「あー…私のマフラー…」


取りに行くにもこの穴は私の身長より深い
喜八郎は穴を掘る時手持ちのスコップを足場に穴から出るが今そのスコップは喜八郎が持っている

私は足場なしにこんな穴から出られる程運動神経もよくない


「良いよ、私がとってきてあげる
なまえちゃんまた出られなくなるよ」

「うーん、お願いします」

雑渡さんにしてみればこのくらいの穴から出るなんて何て事はない
それこそその名を表すかのようにそつなくこなすだろう


「なまえさーん、広さってこれくらいですかー?」


ふと
背後から喜八郎の声が聞こえた
穴の大体の大きさを定めたのだろうか


「待ってー今行くー」


条件反射で
つい喜八郎の方を振り返り返事をした

かまくら、出来たら喜八郎は喜ぶだろうか

甘酒でも買って来て三人で仲良く飲むか

そんないつものように
それこそ私の日常と化した三人での生活

無意識に三人でどうするかを考えていた

喜八郎に返事をし、再び穴に視線を戻す

するとそれは実に彼らしく

音も立てずに



「…雑渡さん?」



私の日常を壊した



「なぁ、喜八郎」

「はーい?」

「雑渡さん、戻ったみたい」

「おやまぁ」