一夜明けて

こう言っては失礼だが
少しかたい布団で就寝し一夜明け
もしかしたら、と淡い期待を抱いたがやはり夢ではなく
視界に広がるのは時代錯誤な造りの家
この世界は現実なのだと寝起きから思い知らされた
(本来時代錯誤なのは私の方なのだが)


「おはようなまえちゃん
さて、今日は町に行こうか」


私より遅く寝た筈なのに私より早起きな雑渡さんはすでに着替えてる
いつもの忍び装束ではない
これが彼の私服なのか。何気に見るのは初めてだ


「仕事は?」

「休みをもぎ取ったよ」

「ご、ごめんなさい…」


何だか申し訳がない
私の為にそこまでさせてしまうとは

組頭というのがどれだけの地位かは分からないが彼は決して暇ではないのだろう
あれだけの部下を抱えながら私の面倒まで…

本当に申し訳がない


「良いよ、私がしたいんだから
着物とか、色々買わないと
とりあえずこれに着替えて」

「…この着物は?」


着物に触れるなど成人式以来だ

渡された着物は振り袖程派手ではないし
かと言って浴衣程薄くもないそれは藤色をしていた
しかしこれだけ渡されてもいざ着るとどのような形になるか想像がつかない


「城の者に頼んで貰ってきた
とりあえずはそれを着て、新しいのちゃんと買ってあげるから」

「え、私これで良いですよ?」


見た所着物は大きな痛みも見つからない
わざわざ新しく買う必要も無く思える
この時代の貨幣価値や雑渡さんの財力は分からないが
お金は使わないに越した事はないだろう

たとえ彼は気にしないと言うかもしれないが私が気にする
私はそこまで図々しくない
(だからこそ雑渡さんが来た時もただ与えるだけではなくあくまで労働の対価として正当な賃金を貰えるよう協力したのだ)


「だめ。帯も着物も、きちんとなまえちゃんに合うのを買いたいの」


これでは私は与えられる一方では無いか
私にも出来る事を探さなくては精神がもたないな


「はぁ…しかし、あの…雑渡さん」

「なに?」

「…着物、私着れないですよ?」

「え」


あぁ、やはり予想外だったか
雑渡さんの目は少しばかり見開かれていた

私の時代で言えば良い年した大人が一人で着替えられないというようなものだ
彼にとっては想定外だったのも無理はない

しかし五百年もあれば服飾文化も変わる
着物を着る機会なんて数える程度だ
正直帯の巻き方など想像もつかない


「…私の時代に着物着てた人見ました?
私の時代では着物は嗜好品なんですよ」

「そういえばそうだねぇ
じゃあ着せてあげるから服脱いで」

「はぁ…」


こんな事なら着付けでも習っておくべきだった
せいぜい旅館の浴衣位しか着ない私に着物なんて…

しかしこれはどうやって着るかも疑問だが
果たして私はどこまで脱げば良いのか

藤色の着物と一緒に畳まれた白く生地も薄い着物
確かこれは襦袢と言ったか
着物の下に着る下着のような物だと聞いた事がある

…和装において本来下着はつけないとも聞いた気もするがいくらなんでも心許ない

とりあえず下着までになれば良いか
全裸は流石に気が引ける

今更なのだが、一応気を使ってくれてるのかそっぽを向く雑渡さんを横目に服を脱ぐ
ブラは外すべきだろうかと考えたが羞恥心が勝った為つけたままにした


「えっと、お願いします…」


僅かばかりの羞恥心が故布団で軽く体を隠したまま雑渡さんに声をかけた
振り向いた雑渡さんは改めて布団の上の私を上から下まで見つめ
距離を詰めた

が、どうした事だ
これから着る筈の着物まで避けてしまった


「って、雑渡さん…
町に行くんでしょ?」

「いやぁ、ついムラっときちゃって
なんだかんだで来た日しなかったでしょ?」


つい、じゃない
確かに彼にとってはラッキースケベかも知れないが着物が一般的なこの時代において着替えは彼の手を借りるしかないのにいちいち発情されてなるものか


「そもそも、そういう関係じゃないですしね」

「そうだったね
あの時はとてもじゃないけど、こんな台詞言えなかった」

「なんです?」


肩に雑渡さんの腕が回される
近づく雑渡さんの顔を見て
火傷は変わらず落ち着いているようで少し安心した


「良いから私の嫁になりなよ」

「…二回目じゃないですか、その台詞」

「そうだね。でも私は本気だよ」


私の視界には変わらず雑渡さん
先ほどとは違うのは雑渡さんの背景が天井だと言う事
あぁ、やはり布団は少しかたい


「…以前その台詞を言えなかったのは
雑渡さんは部下や仕事を捨てきれなかったからじゃないですか
今その台詞を言うのは簡単でしょう
あの時と違って代償がない」

「私はずるい大人だから」


リスクがなくなった途端これだ
思いの外自分勝手な人なのだな


「知ってますよ
そして私も同じように、ずるい大人です」


雑渡さんの言葉に返事はせず
誤魔化すかのように唇を塞いだのは私から

返事を濁され彼は不服だろう
けれど目の前の据え膳を放っておくような男でもないというのはよく知っている

これに関して返事をする気はないのだから
これからも誤魔化す事にしよう