二度ある事は三度ある

「あー、これもほつれてる」

「あらあら、指がこんにちはしてますね」


私を養ってくれている包帯を体中に巻いたこの人は忍び組頭というエリートでとても多忙な方らしい

忙しくあちらこちらへと赴いていれば服も痛む
今は穴の開いた足袋を見つけため息をついていた


「繕う暇もなければ買いに行く暇もない
困ったものだよ」

「雑渡さんお忙しいですもんね」


そんな彼と比べ、私と来たら所謂穀潰し
無職ニートである


「今度一緒に買いに行こうと言いたい所だけど、そんな暇なかなかないしなぁ」

「困ったものですねぇ」


抱き寄せられ、包帯越しに体温が伝わる
そんな会話をしたのがつい先日


「入門票にサインお願いしま〜す」


私が訪れたのは忍術学園
暇を持て余す私がここに遊びに来るのは今に始まったことではない
さて、誰に頼もうか


「ややっ、立花君じゃないか」

「なんだ親不幸者か
今日は曲者はいないのか」


相変わらずサラサラの髪をなびかせてさらっと毒を吐く
しかしその嫌味すらも生まれもっての顔の良さでなんとなく許せるのだから世の中は不公平だ


「曲者が相手してくれないから私はここに来るんだけど
それより立花君裁縫得意?」

「忍術学園は貴様の遊び場じゃないのだが…
しかし裁縫?生憎だが私は火薬の分量を測る以外の細かい作業は得意ではない」

「作法委員長の癖に」

「それを言うのであれば貴様こそ女の癖に、と返すぞ
そうだな、まぁ心当たりはある
感謝しろ」


何故か無駄に偉そうな立花君に連れられて
やってきたのは医務室だった


「あだーっ!」

「色気のない声だな
そんなようでは曲者にも愛想を尽かされるぞ」

「まぁまぁ仙蔵」


医務室には善法寺君がおり
彼に教えて貰いながら繕う事となったのだが裁縫なんて普段ボタン付け位しかしないのに
慣れない道具に慣れない生地

こうなる事は安易に予想出来た


「しかし不器用だな
それでは嫁にもなれないんじゃないか?」

「不器用じゃないよ
慣れてないからこうなるだけだ
ほら、現に縫い目を見て見ろ
この上達っぷり」


最初の歪な縫い目は針が進む毎に形が整い
一番新しい部分に至っては十分見られる縫い目になっている


「できれば縫い目は統一出来ればよかったですね…
一回別の布で練習すべきだったかな…」

「ま、まぁこれが次ほつれた時は綺麗にするよ」

「じゃあ次は着物ですね
袴もですがコツだけ先に教えますから
後で自宅でゆっくり復習してみて下さい」


彼、善法寺君は私と同じく雑渡さんの恩人らしい

困った人は放っておけない、この時代では特に損をしそうな性格だが
それが彼の良さだろう


「善法寺君は優しいなぁ
敬語まで使ってくれて」

「私は年だけ重ねて働きもしない親不孝者を目上とは思わんからな」

「…立花君は嫌味を言う為にここにいるのかい?」


立花君の嫌味と
善法寺君の優しさを同時に受けながら進めた針がキリの良い所に来る頃には日は沈み始めていた

少し長居しすぎたか


「随分暗くなりましたが大丈夫ですか?
送ってあげたいんですが、門限があるからなぁ…」

「大丈夫だよ
今日はありがとう
今度包帯巻くのでも薬草摘みでも手伝うよ」


確かに少し暗いが急げばそんなに遅くもならないだろう
ご飯は簡単なものにしよう

今日はスムーズに火を起こせる事を祈りながら忍術学園の門をくぐる
善法寺君と立花君は揃って顔をしかめたままだ


「本当に良いのか?
何なら抜け出して送ってやるが…」

「作法委員も意外に行儀が悪いんだな
大丈夫だよ。こんな話をしているうちにまた夜が更けてしまう
今日はありがとう
それじゃあまたねー」


二人に見送られ
帰路に立つ

続きは家に帰ってからだ
時間はかかるだろうけど私は時間が有り余っている

明日には終わるだろうか

喜んでくれるだろうか


忍術学園からタソガレドキはそう遠くない
日が完全暮れる頃にはたどり着くだろう

歩いて歩いて
橋を渡って

あたりはだいぶ暗くなってしまったがもうすぐだ

しかし
その時だった


「おっと、ちょっと止まって貰おうか」


何とも下品な声が
私を呼び止めた


「おい姉ちゃん、荷物を置いてって貰おうか」


下品な声に相応しい下品な身なりをした男が三人
手には鈍い光を放つ刀が握られている

これはもしや山賊とやらか
はて、それなら私は今ピンチなのではないだろうか


「えー、私の荷物は穴の開いた足袋やほつれた着物に袴
二束三文にもならない物だけですよ?」

「ん?よく見りゃ上等な着物じゃねぇか
こいつはこの女も金になりそうだな」


雑渡さんの計らいがまさかの裏目に出た
私には違いがよく分からないのだけどこの雑渡さんに買って貰った着物って高いものなのか

そして着物の善し悪しが分かるこの人たちは実は下品な人たちではないのかもしれない

さてはて、荷物ではなく着物と私に標的をうつしたということはだ

より危険になった訳だが

今から走って忍術学園に…は遠すぎる

もちろん、刃物を持った男三人に戦いを挑める程強くもない

後ずさる度に
体温が下がる錯覚を覚えたと同時に
一つの長い影がのびた


「何やってるの」


三回目ともなると
少し慣れても来る


「誰だてめぇ?!」

「通りすがりの曲者だよ」

「雑渡さーん!何時も本当に美味しい時にいらっしゃいますね!」


通りすがりの曲者は私がピンチになるとやってきてくれる心強い存在だ

助けが必要になる事態を望んで引き起こしている訳ではないし
仮にも迷惑をかけてるのだが本来は感謝と同時に猛省すべきなのだが


「さて、どうしようかな
面倒だから三人まとめて来ると良いよ
安心しな、殺しはしないから」


そんなドラマのような台詞と
本当に三人相手でも軽々と倒してしまった雑渡さんを前に

私は現実離れしたその光景にただただ釘付けだった


─────────


「なまえちゃん、この時代は君の時代と違うんだから
暗くなったら一人で出歩いちゃダメだよ」

「すいません…まだ大丈夫かと思いまして」


まるで怒られる内容は子供のようだが
この時代は物騒なのだ

私のように力の無いものは夜道も人通りの無い道も避けなくてはならない

この世界はとことん私のような人種には優しくないのだ


「あまり遅くなるようなら次からは忍術学園で待ってなさい
迎えに行くから」

「…はい、もうしません」


二人で並んで歩きながらの説教

今日は本当に、たまたまだったらしい
次は助けられるか分からないんだからと言われ

それでも雑渡さんならどんな時でも助けてくれそうだなと
心の中だけで彼の言葉を否定した


「そうそう、今度仕事が早く終わる日があるんだ
昼過ぎからになるけど、町に行こう」

「わぁ、良いですね
楽しみです」


私を窘めた後にはまるでご褒美のような楽しい話し

雑渡さんと町か
楽しみだ

ああ、そうなると早々にこの着物や袴を縫わないと

雑渡さんのコーディネートの幅を狭めてしまう


「私の足袋や袴を新調する必要がなくなったからね
何か買ってあげよう」

「おやまぁ」


雑渡さんは私の手から握りしめていた風呂敷を奪うと

柔らかく笑った気がした