逢瀬の準備

「きーはちろー!」

「おや、なまえさん
今日は早いですね」


この時代の私の世界はタソガレドキと忍術学園だけだ

毎日、ではないにしろ忍術学園にはよくを足を運んでいる

最近は火の起こし方を覚え家事に割ける時間が増えた為
以前より頻度は減った


「今日は斉藤君に用があってね」

「タカ丸さんに?」


泥だらけの喜八郎の顔を拭いながら今日の用件を述べた

喜八郎の顔も見たいが今日の目的は斉藤君だ


「うん、髪を結って貰おうと思って」

「またどうして?」

「今日雑渡さん仕事早く終わるんだって
それで町で待ち合わせしようって事になってさ
折角なら、ね」


照れくさいが
折角のデートなのだ

こちらに来てずいぶんと世話になっているし
せめて少しでも綺麗な姿で迎えるのも僅かばかりかもしれないが恩返しになるだろう

まぁ、綺麗だと言われたいという欲も含んではいるが


「この時代じゃなまえさん一人でお洒落出来ませんからね」

「…うん、そういうことさ」


斉藤君は何度か顔を合わせており
その度に私の髪に興味を示し結わせてほしいと言われていたのだ

そして今日という絶好の機会が巡ってきたと言う訳だ


「じゃあ僕の簪とかも持って行きましょう
タカ丸さんの手持ちより似合うのがあるかもしれません」


言うやいなや
彼は私に背を向け長屋へと足を進めた


「喜八郎、わざわざ悪いよ」

「僕も綺麗になったなまえさんを見たいんです」


そんな私の制止の言葉も
まっすぐな瞳と声で遮られ

喜八郎の簪をありがたく借りる事となった



─────────



「やっぱり髪綺麗だねぇ
どんな風に結いたい?僕に任せる?」


喜八郎の簪に合う髪型が良いな、とだけリクエストをすると
斉藤君は間延びした返事を返し慣れた手つきで私の髪を結い始めた

少しずつ形を変える私の髪を喜八郎は穴も掘らず飽きずに見つめている


「なんだ、親不孝者がどうしたのだ?」

「やぁ、立花君」


そこを通りすがったのは六年生の立花君だった
サラサラとした髪をなびかせ何時ものように悪態をついてくる

これから私は殿方と約束があるからめかし込んでるのだよと手短に伝えると

私自身を頭の先からつま先まで視線をうつし
顔をしかめた


「…髪だけ綺麗にしても浮くだろう
待っていろ、私の化粧道具を持ってくる」

「え?ちょっ、立花君?」


良かったじゃないですか
立花先輩化粧上手いですよ、と呑気な喜八郎と
髪を結われてる為動けない私と斉藤君では止める人もおらず

暫くして立花君は大きな箱を持って再び私の前に現れた


「喜八郎、タカ丸さん!
それに立花先輩、何をしてるんですか?
ふむふむ、みょうじさんを綺麗にしようと?
それではこの滝夜叉丸!折角ですからみょうじさんにぴったりの着物をお貸ししましょう!
残念ながら私が着るのが一番似合うのですがそこはご了承願いたい!
何せこの平滝夜叉丸、成績優秀な上にファッションセンスも…」


斉藤君が私の背後から髪を
前からは立花君が化粧をしているこの状況に次は平君がやってきた

ここは随分と人通りが多いのだな

斉藤君の説明を聞き自分も参加したいようだが
彼の提案は受け入れる事が出来なかった


「えーっと、ごめんね平君
着物はこれが良いんだ」

「なっ?!…くっ、しかしなまえさんご本人がそう仰るなら…」


そう、着物はこれが良いのだ

雑渡さんが選んでくれたこの着物を着て
私は彼とのデートを楽しみたかった

だから申し訳ないが平君の申し入れは受け入れられなかった

ただでさえ着慣れていない着物を人から借りる事自体僅かな抵抗があったのもあるが


「はっはっは!使えないな滝夜叉丸!」

「田村君…本当にここは人通りが多いね」


次いでやってきたのは田村君
喜八郎が世話になってる人が全員集まってしまった


「みょうじさん、では私は帯をお貸ししましょう
同じ着物でも帯を変えるだけで雰囲気が変わりますよ
ちょうどよく似合いそうなものがありますので」

「三木ヱ門め…えぇい!待っていてください!
私は根付けと巾着を持って参りますので!」

「そ、そうか
皆、ありがとうね」


皆どうしてそうも張り切るのか

そしてお洒落に関してはこの子たちは私以上に女子力を高く感じる


最終的に、皆の手によって我ながら見違えてしまい

その様を皆満足げに眺め

喜八郎は私の頭の簪を触りながら
でも僕の簪が一番なまえさんに似合ってますと

嬉しそうに言葉を漏らした