何度も見たその横顔

「喜八郎、簪ありがとう!
雑渡さんも褒めてたよ」


あれから数日後
なまえさんは僕たちが貸した物と、お礼の品を持って学園にやってきた

差し出されたのは簪とお礼の品と思われる包み

けれど僕はその片方を受け取る訳にはいかない


「それは良かった。でもそれ返さなくて良いです」

「へ?」


あ、間抜けな顔をしている


「だってそれもともとなまえさんの為に買ったやつですもん」


僕の言葉を聞いて
返す筈が拒否され、行き場の無くなった簪と僕の顔を一度交互に見るも
変わらず目を丸くしている

やはりきちんと言わないと伝わらないのだろうか


「喜八郎確かにあの時手持ちの簪を貸すって…」

「そりゃあ買ってあったんですもん。手持ちにありますよね」

「屁理屈を…じゃあ何故あの時にそれを言わない!」

「買ったは良いけど、似合わなかったらどうしようって思ってましたので」


だって女の人に贈り物をするなんて初めてだった

その上なまえさんが簪を挿している所を見た事は無かったから
その簪を選んだのは完全に僕の独断だったのだ

タカ丸さんに相談するかとも悩んだけれど
初めてなまえさんにあげる物になるかもしれないと思うと僕だけで決めたかった

けれど自信があったわけではないのだ
だから少し怖かった


「…バカだなぁ
私は喜八郎からの贈り物なら喜んで貰うのに」


知っています
貴方はそういう人だと

だからこそ、僕は似合う物をあげたかったんです
だから少し臆病になったんです


「喜ぶ喜ばないと似合う似合わないは別ですー
でも似合ってましたし、良かった」

「ありがとう、大事にするよ
何かお返ししないとな」

「別に良いですよ。僕なまえさんのマフラーありますから」


お返しが欲しくてあげた訳ではないし
何より僕には以前雑渡さんから譲り受けたなまえさんのマフラーがあるので
それだけで十分でした

でもなまえさんはこれが僕の物になったなんて今まで知らなかった訳だから
もしかしたら返して欲しいって言われるかもしれない

そしたらどうしよう


「え?マフラー?」

「雑渡さんがくれました」

「あの時のか…私の知らない所でそんな事に…まぁ良いや
これから寒くなるだろうから大事にしてくれよ」


僕の頭を撫でながらそう言ったなまえさんを見るにマフラーに未練は無いようだ

なまえさんの時代からこちらに戻ってきた時は夏だったので
さすがに首に巻く気にはなれなかった為大事にしまってあるそれは今正式に譲り受けた事となった

もう少し寒くなったらキリ丸のように首に巻こう
穴を掘る時汚れないようにしないと


「大事にしまーす
所でなまえさんは何時雑渡さんと結婚するんですか?」

「君はいきなり何を言い出すんだい」


おや、次はあきれた顔をしている


「雑渡さんすごーく稼ぎますよ?
多分なまえさん五人位養えますよ?」

「そういう問題じゃないんだよ」

「ちぇー、僕立花先輩とかは嫌ですけど
雑渡さんならなまえさんを任せられるのに」

「君は私の姑か何かかい?」


雑渡さんとなまえさんが結婚して欲しいと言うのは僕の本音でもある

僕はなまえさんが好きだけれど
未だにこの感情がよく分からない

けれど雑渡さんがなまえさんに抱く感情とは違う事は分かるし
それはなまえさんが僕と雑渡さんに抱く感情にも言える

だからこそそんな雑渡さんならなまえさんと結婚して欲しいと思える

そして僕がタソガレドキに就職すれば良いんだ

こんな事誰にも話した事ないし
これからも誰にも話さないと思う


「こんな所にいたか!」


そんな僕だけの秘密の計画を改めて考えていたのに
聞き慣れた怒号が僕を現実に引き戻した

また怒られる気がする


「へ?え?」

「探しましたよみょうじさん!」

「食満君に、潮江君?」


学園一忍者してる先輩に
学園一の武闘派を名乗る先輩

普段犬猿の仲と言われているその二人が仲良くやってきたのだ

これは雨が降る気がする
湿っぽくなった土は掘りにくいから勘弁して欲しい


「俺達に曲者と勝負させろ!」

「おやまぁ」

「はぁ?」


また唐突な発言だ
ほら、なまえさんが困ってるじゃないですか

学園でも血の気の多い二人ですが
言い出す事が突然すぎます


「普段さんざん忍術学園に世話になってるだろう!
勝負の場くらい用意してくれても良いんじゃないか?!」

「いやいや、でもそれ雑渡さん関係なくない?」

「だったら貴様の隣にいる綾部喜八郎!
そいつが学園の至る所に穴を掘るせいで俺をはじめとする用具委員は苦労してるんだ!
責任とれー!」

「僕最近は落とし穴は掘ってませーん」


食満先輩の言い分は滅茶苦茶です

僕の責任をなまえさんや雑渡さんがとるのは間違えてると思います

第一僕はここ一ヶ月以上落とし穴は掘っていませんもの
そんなにも戦う口実が欲しいのか
この人の考える事はよく分かりません


「塹壕や蛸壺は変わらず掘りまくってるだろう!」


それを言うなら体育委員会だってそうじゃないですか
僕だけに言わなくても良いと思うし
どっちみち雑渡さんは関係無いと思うんです

よほど体力が余っているのか大声をあげる食満先輩に
どうにかなりませんかねぇと下手に出る潮江先輩

食満先輩は立花先輩と同じく無職のなまえさんを目上とは認めないらしく
僕に対する態度と変わらない

その点は潮江先輩の方が大人な気がする

とりあえずこんな事する位なら穴を掘りたいし
またはなまえさんと遊びたい

なまえさんもずっと困った顔をしているし
そんななまえさんを見ていると僕も困ってきた

その時だった


「私は構わないよ」


曲者と自称するだけあって
六年生二人だけでなく小松田さんにも気付かれる事無く学園に忍び込み
音も気配も消して僕たちの前に現れたのは
今まさに話題の中心となっている雑渡さんだ

案の定先輩方も驚いている


「雑渡さん?!仕事は?!」

「休憩中だよ
そんな訳だから、手っ取り早く二人まとめてかかっておいで」


一体何時から話を聞いていたのか
雑渡さんの手には雑渡さんが得意とする棍が握られている


「言われなくとも!」

「後悔するなよ!」


血気盛んなお二人はお互い得意武器を手に雑渡さんに向かっていったが
結果は見えている

勝負はあっと言う間につくだろう


「なまえちゃん、何で私がこんな申し出を受けたと思う?」

「さ、さぁ?」

「私も男だからね、格好良い所を見せたいんだよ」


雑渡さんは口だけの男ではない

何度か手合わせをしたからこそ
雑渡さんの強さは身を持って知っている

あの二人では
二人がかりでも歯が立たない


─────────


「さすが雑渡さんお強いですねー」

「何をやらかすか分からない喜八郎君の方が私はやりにくいよ」


休憩中と言うのは本当らしく
僕との手合わせの時以上の動きを見せた雑渡さんとの勝負は一瞬だった

本当になまえさんに良いところを見せたかったのだろう

思わず漏れた僕の率直な感想を聞き
偶然にも僕に対する評価も聞き出せる事となった

どうやら褒められたようだ


その後雑渡さんは少しだけ話をして本当にすぐ帰って行った

気絶した二人を医務室に運ぶのは面倒なので後で善法寺先輩を呼んでこよう

あぁ、しかし
やはりなまえさんが僕に向ける表情と雑渡さんに向ける表情は違う

僕に向ける表情もまた特別なのだとは思う

けれど僕ではきっとなまえさんが雑渡さんに見せる表情は引き出せないだろう


僕はその表情が好きなので


やっぱりなまえさんは雑渡さんと結婚すれば良いと思う