水が枯れる日

「もう帰るんですか?」

「日も短くなったし今帰らないと日が暮れるからね
またすぐ来るから」

「やっぱり僕送って行きます」

「じゃあ途中で雑渡さんが迎えに来るから
それまで一緒に行こうか?」


何時もと変わらず
忍術学園に訪れて
入門票にサインして
斉藤君に髪を結って貰って簪をつけたり
遊んだり仕事を手伝ったり
お詫びのおみやげを渡して
帰宅して今日の話を雑渡さんにしてのんびりとした一日が終わる

筈だった


「外出届出してきまーす」

「うん。待ってるよ」


喜八郎で気付けないものを
私が気付く筈がない

嗅いだ事のない



火縄の匂いなど



パァンッ


「なまえさん?!」

「喜八郎!今の火縄銃の音は?!」

「あっちからです!
立花先輩、僕はなまえさんを医務室に運びます」

「任せろ!」


痛いというより
熱かった

胸元が焼けるような
そんな衝撃が走り

薄れゆく意識の中で喜八郎の声と
立花君の声が響いていた



─────────



「んっ、ああああぁああっ!ああっあ!!!!」

「伊作君!しっかり押さえて!!」

「はい!!」


火縄銃はなまえさんの胸にあたり
体の中に残った弾を取り出す為善法寺先輩と新野先生が必死に手を尽くしている
弾の摘出の為体の中を器具で荒らされ
舌を咬まぬよう布を噛まされているものの
今まで聞いた事もないような声で悲鳴をあげ
痛みに対して反射的に体が反応し暴れている


「喜八郎君も手伝って!」

「は、はい!」


触れたなまえさんの肌は恐ろしく熱く
汗で体は湿り

細い腕からは信じられないような力で暴れるソレは

まるでなまえさんじゃないようで
漠然とした恐怖が僕を襲った


「弾の摘出は終わった!
次は止血を!」

「でもこの出血じゃ…」

「良いから早く!!」


赤い

紅い
朱い

血が止まらない
流れゆくなまえさんの血を見て

僕の血の気も引くように思え

何も出来ない自分をひどく恨んだ


「なまえちゃん!!」

「雑渡さん…」

「これは…一体…」


待ち合わせ場所になまえさんが来ないことを不審に思ったのか
忍術学園まで足を運んできたであろう雑渡さんは

なまえさんの姿を見て
僕も今まで聞いた事のないような焦りの声をあげた


「私が説明しよう
なまえさんを撃ったのは、キヌガサタケ城の忍者だ」


誰もが冷静さを失っていた医務室に静かな声が響いた

火縄銃の主を追っていた立花先輩だ

血塗れのなまえさんを見ても冷静でいられるのはさすがと言った所だろうか


「キヌガサタケ…」

「貴方は聞き覚えがあるでしょうね
何せ、これからタソガレドキが戦を仕掛けようとしている城なのですから」

「じゃあ、奴の目的は…」

「残念ながら逃げられたが
大方タソガレドキの忍び組頭の失脚が目的だろう
忍軍の組頭を失えばタソガレドキの戦力は大幅に下がるからな」


淡々と説明する立花先輩の言葉が
深く

深く僕に刺さる


「なるほどね…」

「そんな事で…なまえさんは…
僕がついていながら…」


奴らの狙いはあくまで"タソガレドキ忍軍組頭の伴侶"であり
みょうじなまえではないのだ

なまえさんじゃなきゃいけなかった訳ではない

ふつふつとした怒りと同時に
何も出来なかった悔しさがこみ上げた


「喜八郎君、自分を責めるんじゃない
事の原因は私にある
…それで伊作君、なまえちゃんの様態は?」

「…弾は、摘出出来ました…
けれど出血が止まりません…恐らく、内臓にも損傷があります…
このままでは…」

「そうか…」


本当は分かりたくない

けど僕でも分かる


なまえさんは



死ぬ



「伊作君、心臓が止まれば人はどうなる?」

「どうって…心臓が止まるなんて死んじゃいますよ」


状況を把握し冷静さを取り戻した雑渡さんは突然

話題を変え

ゆっくりと話しをはじめた


「ではもしなまえちゃんの心臓が止まったとして
なまえちゃんの止まった心臓と私の心臓を取り替える事は出来ると思うかい?」


雑渡さんの冷たい声に

ゾクリと


背筋が震えた


「雑渡さんどうかしたんですか…?
そんな魔法みたいな事、出来る訳ないじゃないですか」



止めて下さい


お願いします



「それがね、出来るようになるんだよ
五百年後にね」



雑渡さん


それだけは



「五百…年後?」



その言葉だけは


言わないで下さい





「喜八郎君、今すぐ穴を掘るんだ」






僕はまだ夢を見ていたいのに