次の日、目が覚めた頃には隣に晴明は居なかった
床を共にする等久々だったというのに薄情な男だ

昨晩の私の着物は綺麗にかけてあり
皺の心配はなさそうだった


「あんた、さっさと服着たらどうだ?」

「覗きか?趣味が悪いな」


襖が開かれたかと思えばそこに立つのは黒蠅だ
彼は昨晩の事、知っているのだろうか


「まぁ、そのままでも良い
あいつを匿ってくれた礼が言いたくてな」

「匿ったつもりはないさ
たまたま付き合いの悪い神に拾われた、それだけだよ
晴明の事を話す相手も機会も私には無かったからな」


ただ、それだけなのだ
秘密にしていた訳ではない
偶然がそうさせただけだ


「あいつを拾ったのがあんたで良かったよ」


そう言い残すと黒蠅は消えてしまった
本当に礼だけを伝えに来たようだ


「入りますよ」


あぁ、奴が消えたのはこれか


「女を布団に残しておくのは止めた方が良いぞ」

「それは申し訳ない
ですが寝顔は十分に堪能させていただきました」


いつものように眉間に皺を寄せ
変わらぬように話す晴明だが

昨夜からか
何かが変わったかのように思えた

私は裸体のまま布団に入っていると言うのに晴明はすでに着替えている
山吹色にも近いその衣は晴明の長く濡れたような緑の髪がよく映えた


「私は、なまえと別れねばなりません」

「晴明?」


それは青天の霹靂だった

昨夜といい
一体彼に何があったと言うのだ


「貴方は私の両親について一切話してくれなかった
ですが、それは貴方の性格上ただ知らなかっただけなのでしょう
私も、知らぬならそれで良いと思っておりました
いっそここで朽ちるまで貴方と共にいるのも良いかとも」


晴明の両親?
陰陽師と男神とは聞いたが私も詳しくは知らない
調べようともしていない
だから確かに私は何も知らなかったのだ


「ですが、それが昨晩気が変わったのです
あの祭具を見た時に」

「祭具…?祭りの、あれか…?」


人間界の祭りの時
特別だからと公開されていた祭具

神から見ても異質と感じた

あの仮面だ


「そうです!あの祭具、私は覚えておずとも血は覚えていました!
あの祭具は私の父が作ったものです!!」

「お前の父がか?!あのような物を?!」


もしそうだとしたら何故あの祭具が神の手ではなく、人間界にあるのか

それは人間ではない
他の神の仕業だ

あれを神が手にしたのなら手放す訳がない


「あの仮面が焼き付いて離れないのです!
なまえ、貴方に出会い幾度となく胸は満たされた
ですがそれとは違う!激情が私を襲いました!
私の血が、親子の繋がりをあの仮面から感じたのです!!」


そうか
晴明が昨晩私を抱いたのはその熱が収まらなかったからだったのか


「ですから、お別れです」

「晴明、貴様あの祭具を奪うのか?」

「えぇ、そのつもりです
今の私にはそれだけの力がある」

「祭具がなくなれば祭りはなくなり、信仰が減れば天界がどうなるかも分かっての事か?」

「安心して下さい
私の本来の目的は祭りの復活ですから」


祭りの復活?
こいつ、何を言っているのだ?


「私は父の意を継ぎたいだけですよ」


そう言って
私に歩み寄った晴明は一度口付けを交わし
大きくなった背中を私に向けた


「…私では、親子の絆には適わなかったか」

「そんな事はありません
必ず、迎えに来ます
その時は嫁入りの準備をお願いします」


晴明は振り向かなかった
決意はかたいのだろう

こいつは
天界を敵に回すつもりだ


「なまえ、愛しています
しばし、お別れです」


それを最後に
晴明は私の前から姿を消した

そこに残ったのはカラスの羽だけだった