17夜目

今日はあまり仕事が遅くならずに済みそうだ
食事は適当に済ませる事になりそうだが十分な睡眠時間は確保出来る

そうやって自分に言い聞かせ、安堵するつもりだった


(…クソっ、体調が悪いと自覚したら途端に具合が悪く感じやがる)


しかし体とは正直な物で自身の体調変化から目を逸らすのも限界がある

正直、寝起きから違和感はあった
小さな違和感なのだからと無視していたが時間を追う毎に違和感は広がり
帰路に立つ頃にはいよいよ無視出来ないものとなっていた

運転していてもフラつくのを感じるし視界も僅かに歪む
何時もより神経を張り巡らせてハンドルを握り何とかマンションの駐車場に辿り着く
ここまで来れば自室まではすぐだ


「銃兎さんお帰りなさーい」
「…ただいま帰りました…んですが、すみませんちょっと体調が悪くて…」
「えっ、大丈夫ですか?!」

そこからは早いものだった
何はともあれ今は寝かせて欲しいと伝え、早々にシャワーを浴びベッドに身を沈める
病人と枕を並べるのは嫌だろう、かと言ってこの家には余計な寝具は無い
なまえは既にパジャマに着替え、後は寝るだけだと言うのに気が回らない

もしも帰ると言うならタクシーを勧めるべきか、もちろん後でタクシー代を請求してくれて構わない
いや、ここまで来た彼女を帰すのは逆に不親切だろうか

などと考えが巡る内に眠りに落ちていた
皮肉にも、なまえと出会ってから一人ですんなりと寝られたのはこれが初めてだった


*****


珍しく夢を見た

”幸せ“を形容するに相応しい、家族の姿
尊敬出来る父に、優しい母、そして笑顔の俺がいる

ああ、これは何時の頃だったろうか
この光景を当たり前のように享受し、毎日満ち足りた気持ちで眠りについていたあの頃は


「ん…」
「あ、起きましたか」

どのくらい眠っていたのだろうか
外は僅かにだか白んでいる、そこから察するに明け方くらいか?
一人にしては寝付くは良く、またそこそこに眠れてはいたようだ

「食欲ありますか?市販薬ですけど、飲んでおいた方が良いと思いますよ」
「…なまえさん、どこで寝てたんですか?」
「そこ気にします?ソファーで寝ましたよ。使ってない季節物の寝具だけお借りしました」

そうか、この家に余分な寝具は無いが季節じゃない寝具はあるんだった
そんな考えすら巡らなかったのだから昨夜の俺は限界が近かったのだろう。とことん気が回らなかったな
仮にも病人だったとは言え、女をソファーに寝かせた自分の不甲斐無さを嘆く程度には昨夜より体調の落ち着きを感じる

「この家、風邪薬なんて常備してましたか?」
「あ、これは私のですよ。何かあった時の為に一応持ってるんです
とは言っても一回分しか無いのでもし常備薬あるんだったらそっちでも良いですけど…」
「いえ、生憎風邪薬は常備してないので有り難く頂きます」
「そうですか、コンビニのですがお粥も食べます?」
「ではそちらも」
「良かった、この家炊飯器も無いから文句付けられたらどうしようかと思いました」

そうやって笑って、なまえはキッチンへと向かった

誰もいなくなった寝室を眺め、睡眠を取れた事によってか幾分か体が楽になった事は勿論だが
起きてもなまえがいてくれた事にホッとした自分に気付いた


「色々と有難うございます」
「私も先日看病して貰いましたし、気にしないでください
あ、そういえばちゃんとリンゴもありますよーほら!ウサギさんですよウサギさん!
リンゴを食べれば病院いらずと言いますし、良かったら食べてください
余すようなら私が食べますし」
「ではそちらも頂きます」

我が家には申し訳程度の左利き用の包丁しかない
右利きのなまえがそれで切ったであろうウサギのリンゴは少し不恰好で
子供の時に食べたそれとは似付かないが

それでもどこか懐かしい味がした


「明るくなって来ましたし、帰りますか?タクシー代は出しますよ」
「いえ、勿体無いし面倒なのでこのままソファーで寝ます」

普段起きる時間にはまだ早く、二度寝をするのも可能な位余裕はある
大事を取るなら今日は休むべきなのだがこの調子なら出勤も可能だろう
自分のタフさに感心しながらもう一度入眠を試みようとすると枕元になまえが座った

「寝かしつけだけはしてあげますよ」
「とことんガキ扱いするんですね」
「ふふっ、前のお返しです」

俺より体力に自信の無いなまえは病人の布団に潜り込んでくるような真似はしないが
それでも枕元に居てくれるだけでどこか安堵するものがあった

人肌を感じる訳では無いのに、すんなりと二度寝を果たし
また子供の頃の夢を見た気がする