雪山

「ロシア語はどうだ?」
「お陰様で山に行く暇も無いですよ」
「Похоже, вы делаете хорошие успехи.」

尾形さんは時折、こうやって抜き打ちでロシア語のテストをしてくる。
語学と言うのは話さない事には身につかないと思うし、このお陰で嫌でも身について来てるのだけれど。
順調に進んでるな、とは言うが尾形さんがそうさせたんじゃないですか。

「Это твоя вина.」

貴方のせいです、と返すと尾形さんは満足そうだった。

「明日は山に行くぞ」
「は?」
「俺も明日はちょっと訓練で山に行かないと行けないが、お前も山にいろ」
「なんでですか?!嫌ですよ他にも兵が居るって分かってて山に入るなんて!」
「良いから行け、明日はロシア語を休んでも良いから」
「ええ…」

確かに暫く山には行っていない、そろそろ体が鈍るかもしれないとは思っていたが
どうして尾形さんは何時も突然なんだ。
そして毎回私には拒否権の無い物言いをする。
この暮らし、やっぱり逃げた方が良いのでは?

逃げ出したい気持ちを抑えながら、明日の準備をして早めに眠りについた。

尾形さんはまだ起きているようだが訓練と言うのはそんなに軽いものなのだろうか?


*****


尾形さんには大体あの辺にいろと事前に言われたが先程遠くから銃声が聞こえた、だから嫌なんだ。
銃を警戒して獣は逃げてしまうし、今日の収穫はあまり見込めないな。
なるべく、銃声から離れていよう。
折角山には来たのだから、何かしらの収穫は欲しいものだ。

そうやって罠を仕掛けて周り、銃声を避けるように雪山を歩いていた。
日も暮れようとしているし、そろそろ一度帰ろう。
尾形さんは今日は帰ってくるのだろうか、山に駆り出されたのだから今日くらいは酒でも飲みたいものだ。

「って尾形さん?!」

川岸を歩いていると私の愚痴の原因となる相手がいた。
今日は訓練だと言って居なかったか?なのにどうして一人なんだ?
色々と思う事はあるが尋常ではない雰囲気に思わず駆け寄ると腕は折れてるし…
いや、それよりもこの季節に川に落ちているのはまずい。
冬の川はあまりにも簡単に命を奪う、直ぐにでも火を起こさないと

「…ガハッ…」
「い、生きてますね?!今すぐ火を起こしますから!
そしたら直ぐに誰か探しに行きますから死なないでくださいよ!」

息はあったが決して余裕は無い。気を抜けば本当にすぐ死んでしまうような状況だ。
急ぎで火を起こし、尾形さんが私に言った事が間違いで無ければこの山には他にも兵がいる筈だ。
必死に探した所、少し遠くから多くの足音が聞こえた。

それが正に尾形さんの言っていた他の兵士の方々で、何とか無事に合流は出来たが、何故尾形さんは単独行動をしていたのか
そもそも誰に襲われたのかと質問攻めにあってしまったがそんな事は私が聞きたい。

何もわからないという事にすら疑いを掛けられそうになったが、最近尾形が親戚に部屋を貸したという情報は彼の上官にも届いており
自分も尾形であるという事だけは説明できた事から何とか事なきは得たのだが正直生きた心地はしなかった。

今まさに死にかけている尾形さんを前に思う事では無いかもしれないが、私が処置したのだから多分大丈夫だとは思う。