「なまえさん、素敵な臀部をしていますよね。
上向きで丸みがあって…腰の細さが強調されてとても女性的です。
…ちょっとあちらに行きませんか?」
「お断りします」

「抱かせろ」
「嫌です」

最初は屋根と壁があるならと思ったものの、やっぱりここに住むのは止めようと思うのに1日も掛からなかった。

「ねえ!百之助さん!私こんな所にいなきゃだめです?!
家永さんと牛山さんが怖いんですが!」
「だめだ。むしろ下手に逃げた方がどっちかに襲われるぞ」
「そんなあ…あ、あの…ちゃんと側にいてくださいね…お手洗いもついてきてください…」
「一人で小便も出来ねえたガキだな」

以前尾形さんから聞かされていた金塊の話し、あれは与太話では無かったのだ。
てっきり寒さで気が触れたのかと思い適当に聞いていたが家永さんと牛山さんはその話しに出てきた刺青の囚人であり、私が呑気に包帯を買いに行ってる間に尾形さんは更に一枚の刺青を入手していた。

刺青をそんな物の様に扱うのか?と思っていたが、牛山さんが実際に刺青を見せてくれた事で納得がいった。
暗号の刺青は皮を剥がす前提か…大金を持った人間の考えは分からないものだと内心引いてしまった。

*****

初日こそ私を抱こうとした牛山さんだったがハッキリと拒否したからかそれ以降迫ってくる事は無かった。
何だ、意外に紳士じゃないか。
当初は怪我で身動きの取れなかった家永さんも一人で歩ける様になってからというもの
牛山さんとは違う、どこかギラついた瞳で私を見定め何処かに連れ込もうとしていたが気付けば私を見る目付きが変わった気がする。
誰か注意してくれたのだろうか?だったら嬉しいのだが。

牛山さんに追われたら逃げられる気はしないが家永さんの場合なら逃げ切れる自信があった事、そして外見は女性的である事からこの家に居る変わった人達の中でも親近感が湧き
距離が縮むのにはあまり時間は掛からなかった。

「どうかしましたか?」
「あっ、いえ…素敵なドレスだなと思いまして」

ホテルの女将の振りをして宿泊客を襲っていたという家永さんは外面が良く、おまけに器量や愛想も良かった。
怪我が治り、入院着から上品な黒いドレスを着るようになったがよく似合っている。
着物とはまた違った上品さがとても素敵だと初めて見た時から思っており、この日はついに口にしてしまった。

「私の服ですか?有難うございます」
「ええ、よくお似合いですしとても綺麗です」
「ふふ…そんなに褒めて頂けて嬉しいです。そうだ、良かったらなまえさんも着てみますか?」
「え?で、でも入りますかね?」
「大丈夫ですよ、なまえさん華奢なんですから」

洋服は着物と違ってサイズの融通がきかなそうだが私にも着れるのだろうか。
華奢、というより太れる環境に無かっただけなのだがそれが幸いしてか私が着る事も難しくは無かった。
家永さんと比べ私が着ると少しばかり丈が短いがデザイン的にも特に問題は無い長さだった。

「…どうですかね」
「素敵です、よくお似合いですよ」
「本当ですか?」

初めて着る洋服は少し気恥ずかしかった。それもこんなドレスだ。
まるで広告写真のようでは無いか。
なんだかお姫様にでもなった気分だ。

「そうだ、折角だから髪も結いましょうか」
「えっそんな!そこまでして頂く訳には…」
「いえ、折角ですから洋服に合うよう綺麗にしましょう。大丈夫ですよ、土方さんになまえさんは襲わないようにと言われてますので」
(…言われてなかったら襲ってた?)

最後の一文に引っかかりは覚えたが、お言葉に甘える事にした。
髪の毛まで人に結って貰うなんて、いよいよお姫様じゃないか。

慣れた手付きで私の髪をまとめていく家永さんの行動に私は何とも言えない安心感と多幸感に包まれる。
この感覚、少しだけ覚えがある。

「…お母さんみたいですね」
「え?」
「あっ、いえ!すみません…あ、あの母親ってこんな感じかなーって…」

私を最初に育てた夫婦の女の方もこんな事をしてくれた。
アイヌの村でもおばあちゃんや若い女性が髪を結ってくれる事があった。

慣れない感覚とどこか気恥ずかしい気持ちもあって何だか好きになれなかったのだが
それは私が本当の母親にこういった事をされなかったからだろうか。

こういった感情を私はどう表現すれば良いか分からないし
こういった行動をどう受け止めれば良いかもよく分からない。

「母親…ですか…ふふっ」

けれども家永さんは外見こそ女性だが本当は男性だからだろうか。
この人に対しては少しだけ素直に物が言えたし、こんな事も何だかんだで受け入れてしまった。

家永さんも何だか満更では無さそうだし、また私達の距離が少しだけ縮まるのを感じた。


「何だ、随分とめかしこんでるな」
「どーせ馬子にも衣装って言うんでしょ」
「ひどいな、今のは傷付いたぞ。結構似合ってるんじゃないか?」
「え…素直な尾形さんって何か嫌ですね…」
「お前は本当言う様になったな」