旭川第7師団

「上手く行きますかねえ」
「杉元ならきっと上手くやってくれる、信じよう」
「随分と杉元さんを信頼してるんですね。…まあ百之助さんもいますしね」
「なまえだって尾形を信頼してるじゃないか」
「何だかんだ、彼には色々と助けて頂いているので」

月形に立ち寄るも早々に旭川へと向かい、今は白石さんを助けるべく皆が協力している。
誰もが白石さんを見捨てようとした中、杉元さんだけが彼を助けたいと声を上げた結果だ。
アイヌを装った囚人達を皆殺しにした人間と同じとは思えないがこちらが彼の本質なのだろう。

別に白石さんに何か思う事がある訳では無いが、こうやって協力するのだから無事でいて欲しいとは思う。

「なまえはどうして金がいるんだ?」
「そうですねえ…もう少しだけ穏やかに暮らしたくて」

私とアシリパさんは少し離れた所で一緒に待機している。
近くに馬もいるし、何かあった時は彼女を逃さなくてはいけない。

しかし救出に向かった杉元さん達の動きがあるまでの間はやる事も無く、こうした世間話で時間を潰していた。

生きていくのにはお金がいる。
地獄の沙汰も金次第とは言ったものだが世の大抵の事は金さえあれば解決出来るのだ。

一生遊んで暮らせるだけの金はいらない。
細々とでも良い、山で日銭を稼いで、たまの酒と大きな風呂が楽しみな生活を送りたい。
ああ、あと銃も欲しいな。それさえあれば狩りも安定する。
冬の間はロシア語を使って稼いで…そんな穏やかな生活を送りたい。それにはどれだけ必要だろうか。
先日の尾形さんの言葉が頭を掠める。
そもそもお金さえあれば本当に私の望む生活は手に入るのだろうか?

そう思った時、何やら兵舎が騒がしい。
成功したか、はたまた失敗したかは分からないが動きがあったようだ。

「なまえ!馬には乗れるか?!」
「ええ、乗れますよ」
「じゃあ馬は任せた!騒ぎの方に向かうぞ!」

後ろにアシリパさんを乗せ、馬を走らせる。
何かあった時にはアシリパさんには弓に集中して貰う為だ。

程なくして先程から見えていた気球の方が騒がしく、気球を追う形で馬を走らせたが聞き間違えで無ければ覚えのある声が聞こえた。

「げっ…鯉登くんだ…」

気球から落ちる影、特徴的な声にあの軍服の色、見慣れた背格好。
間違いなく鯉登くんだ。

そういえば本来は旭川の任務についているが出会った時はたまたま任務で小樽に来ていると話していた事を思い出す。

私たちは白石さんを伝って気球に乗る事になったしすれ違いな訳だが出来れば私には気付いていないで欲しい。
だって気まずいじゃないか。
今更彼と何を話せと言うのだ。

白石さんの救出には成功し、このまま逃亡をはかる事となる。
杉元さんと白石さんは和解したようだし空気は和やかだ。
しかし金塊を巡る勢力が大きく分けて3つになるようだが尾形さんは何処に属するのだろう。
土方さんか、はたまた杉元さんか。それとも鶴見さんに寝返るのだろうか。
腰巾着は気楽で良いがそろそろ私には目的を明らかにして欲しい。

気球は高くのぼり、このまま網走を目指す。
山の上なんて比ではない、山すらも見下し雲と同じような高さから見る景色は絶景だった。
広がる大地、冬が近付き紅葉が散り散りと山を彩り大雪山にはもう雪が見える。
この様な景色、あのまま小樽にいたら一生見れなかっただろう。

初めて見る光景に私は一つの感情が芽生えた。

「…百之助さん」
「何だ?」
「わ、私高いところが駄目でして…こ、怖いのですが…」

実は薄々気付いていたのだ。
崖の上から見る景色が、滝の上から見る景色が嫌いだった。
足元が竦み、背筋の冷える感覚に襲われるからだ。

しかしその状況は自分の意思で足を引き返せば避けられる。
だが今は違う。
気球は時折揺れ、グラグラとした不安定な感覚が恐怖を増長させる。
そしてこの状況は私の意思ではどうしようも出来ないのだ。

「…お前はやっぱり狙撃手には向かないな」
「足場がちゃんとしてれば大丈夫です!むしろこんな不安定な所で何で皆さん平気なんですか?!ひぃっ!揺れた!!!こ、怖い!!!!!百之助さん!!!怖い!!!!!」
「落ち着け!暴れるな!」

否応なしに揺れるその状況に耐えきれず、私は尾形さんの外套に潜り込み震えながら気球の上を過ごすのであった。