釧路にて

「…谷垣さんってあの谷垣さんですよね」
「そうだ、お前が仕留め損なったあの谷垣だ」
「いや人聞きの悪い事を言わないでください。仕留めようとしてたのは百之助さんじゃないですか」

網走に向かう途中、谷垣さんの連れの方々と鉢合わせた。
アシリパさんを探してわざわざ小樽からやって来たらしいが肝心の谷垣さんはいない。
どうやら何かの冤罪を掛けられているらしいが話しも途中だと言うのに尾形さんと共に谷垣さんを探す事になった。
皆で探した方が早いだろうに…と思ったが今の会話で分かった。
他の人達には聞かれたくないのだろう。

「頼めよ「助けてください尾形上等兵殿」と」

尾形さんの望み通り、谷垣さんを先に見つけられたがまた空気が重い。
最近忘れ掛けていたがそういえば尾形さんは脱走兵だった。
それも脱走の際に他の人を殺しているのだから鶴見さんに目を付けられていると考える方が自然だ。

皆殺しだとかいう物騒な単語が飛び交っているが、戦争帰りでもある尾形さんにとって今更この人達を殺す事なんて雑作も無い事なのだろう。
自分の安全の為に尾形さんから距離を取りつつ、念の為着物の中の銃に手だけ掛けていたがアイヌの老人の声で何とかその場は収まった。

*****

「世の中には色々な癖の方がいる事は存じてますが…無いわあ…」
「そんなにか」
「そんなにです。はあ…信じらんない…なので私は行きません。
いやあ尾形で良かった。行かない口実が出来て良かった」
「こういう時ばっか感謝するんじゃねえよ」

谷垣さんは一体何があってアイヌを敵に回したのかと思ったら動物を犯したがるイカれた輩がいるらしい。
信仰を重んじるアイヌにとっては許されざる行為だと言うのは勿論理解しているが単純にその行為だけは私は理解出来なかった。
子を成す為以外の性行なんて娯楽の一環と考えるべきかもしれないがよりにもよって動物か…。
理解の出来ない人間を目の前にした時の自分の行動に自信を持てず、尾形さんと共に谷垣さんを見張る事になった。
まあ、その役割自体は尾形さん1人で十分なので私はアイヌの手伝いなどをして媚びを売っておけと尾形さんに言われたので仕方なく色々と手伝っているのだけど。

「貴女、あの兵隊さんの嫁かい?」
「違いますよ、ただの親戚です」
「そうだったのかい、どうりでよく似てるわ」
(…似てないもん)
「良い人はいるのかい?」

どこに行っても人間と言うのは色恋の話しが好きなものだ。
私の年齢なら結婚はもちろん、子供の1人や2人いてもおかしくないのだから聞きたくなる気持ちが分からなくもないが。

いないですよ〜と返せば、あの人はどうだい?とアイヌの男を勧められたが生憎、アイヌにお勧めされるような男なぞ到底私を受け入れてくれる訳が無いので丁重にお断りした。

「流石、尾形の人間は媚びを売るのがうまいな」
「媚びを売れって言ったのは百之助さんでしょう。もうちょっと労ってくれません?」
「よくやったよ。お陰で逃げ出せそうだ。警備が厳しくなる前に谷垣を連れて逃げるぞ」
「私達逃げてばっかりですねえ」
「飽きなくて良いだろ?」

その後、谷垣さんに冤罪を掛けた男を目の当たりにする事となったがあっという間に腹上死を遂げていた。
最後までつくづく理解が出来ないと頭を抱えた私を流石に心配したのか少しだけ尾形さんが優しかった気がする。

*****

無事に冤罪が晴れ、お詫びも兼ねて宴会が開かれた。
ここ最近、アイヌに歓迎される事が多い気がする。
昔なら煩わしいと思っていたアイヌの習慣や人も、最近は少しずつ受け入れつつある気がする。
これは私が変わったのだろうか。
我ながらどういった心境の変化か分からない。
尾形さんと出会ってから人付き合いが増えたからだろうか。

「アシリパさん、ヘビを触ったんですか?」
「ああ、いっぱい洗ったんだが臭くないか?」
「アイヌの方ってヘビを嫌いな人多いですよねえ。
蒲焼にすると結構美味しいし薬屋も良い値段で買い取ってくれるから私は嫌いじゃないんですけども」

蒲焼、の辺りでアシリパさんは明らかに眉を顰めていた。
脳みその方が食べるのに抵抗ある方が多いと思うんですけどね。

その後は尾形さんにも手の匂いを嗅がせていたが、その時の反応がまるで猫のようで笑ってしまった。
尾形さんも猫にならってもう少し可愛げがあると良いのだけど。

翌日、銃身に水が入った状態で撃ったという杉元さんの話しに思わず怪訝な顔をしてしまい。
尾形さんと2人で杉元さんに嫌味を言う図が出来てしまい、私も可愛げが無いなあと少しだけ反省をした。


けれどそんな尾形さんも最初の頃よりも表情や空気が柔らかくなった気がする。
もしかしたら気のせいかもしれないが、どこかで気のせいじゃなければ良いと思う私もいた。